【古代日本】仏教を広めたのは信仰の為だけじゃない!?蘇我馬子が勝ち取った「利権と覇権」:2ページ目
信仰だけではない
この経過だけを見ると、蘇我氏と物部氏の対立、いわば廃仏論争は信仰をめぐる争いというか、宗教戦争のように見えますね。しかし、実際にはそれだけで彼らの対立の理由を説明することはできません。
現代の有力な見方としては、廃仏論争の正体は豪族同士の主導権争いだったと考えられています。
仏教をどう扱うかという問題が、もともと存在していた政治的な対立を表に出すきっかけになったというわけです。
仮に仏教が伝来しておらずとも、蘇我氏と物部氏の対立は起きていたと思われます。
さらに、蘇我馬子が物部守屋との戦いで勝てた背景には、多くの氏族が蘇我氏側についたことがあったと考えられています。では、なぜ蘇我氏には支持が集まったのでしょうか。
その手がかりになるのが、仏教の受け入れによって生まれた仕事です。寺を建てれば建設の仕事が必要になり、仏具を作れば製作を担う人々が必要になります。
また、僧侶になる人材も集めなければなりません。さらに経文を読み書きする人も必要となるため、仏教の受容は多くの仕事を生み出す可能性がありました。
一方、物部氏の側について仏教を排除しても、新しい寺や仏具を作る需要は生まれません。すでにある寺や仏像を壊すことはできても、そこから継続的な仕事につながるとは限らなかったのです。
もちろん、豪族たちが全員こうした損得だけで判断したとは断定できません。宗教的な信念や政治上の判断も、当然ながら存在したでしょう。
それでも、仏教の受容が政治と経済の両方に関係していた可能性は無視できません。新しい信仰は、新しい建築や技術、人材を必要とする社会的な動きでもあったからです。
