日本人は「なぜ」「いつから」漢字を使うようになった?東アジアの動乱と日本の文字文化のルーツ:3ページ目
日本への定着
では、漢字はどのように日本へ根づいていったのでしょうか。
史料から分かるのは、当時は朝鮮半島と倭の間で文字や政治、外交に関する知識が頻繁に行き来していたという事実です。
特に重要なのが、楽浪郡にいた中国人でした。彼らは漢字を使う高度な技能を持ち、その知識を百済・新羅・倭へ伝えたと考えられています。
おそらく漢字は、外交や国づくりに必要な知識と一緒に伝わったのでしょう。
さらに589年には、中国で隋が全土を統一しました。高句麗・百済・新羅が勢力争いを続ける朝鮮半島にとって、中国の再統一は大きな緊張を生む出来事でした。
こうした国際情勢の中では、漢字を使って外交文書を作る能力も重要になったでしょう。倭も中国や朝鮮半島と関係を持っていた以上、漢字による情報伝達と無関係ではいられませんでした。
現代日本で英語が重要視されているのと同じですね。
漢字は海を越えて突然現れたのではなく、東アジアの政治と文化が交わる中で少しずつ日本へ広がっていったのです。
ただ、その伝来の経緯を日本史上の出来事に限定して見ると、その背景は分かりくくなります。漢・楽浪郡・高句麗・百済・新羅・倭という広い地域のつながりを追っていくことで、その経緯と背景はより鮮明になるのです。
参考資料:出口治明『10人の英傑が「この国」を変えた 大転換の日本史』2025年、PHP研究所
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