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【豊臣兄弟!】秀吉は本当に「女狂い」だったのか? 天下人を彩った11人の側室たちを時系列で一挙紹介

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朝鮮出兵の頃に迎えた広沢局

そして、秀吉が晩年に側室としたのが「広沢局」です。彼女は、肥前垣添城主・名護屋経勝の娘で名を広子といいました。

朝鮮出兵のため名護屋城に在陣していた秀吉に見染められ、1593年(文禄2年)の夏ごろに側室になったと考えられます。明との講和が決裂し、再び朝鮮出兵が起きた1598年(慶長3年)にも広沢局は、名護屋城山里丸に住んでいたとされますが、同年秀吉が没すると出家したとされます。

以上、秀吉の代表的な側室11人について述べてきました。低い身分から一代で成り上がった秀吉はそのコンプレックスからか、足利家や織田家をはじめ、名門の娘たちを数多く側室に迎えました。

ただ、美女とみれば全員我がものにしようと考えていた節がある秀吉は、今回紹介した女性たち以外にも関係を持った女性がどれほどいたのかは想像もつきません。

冒頭に挙げたフロイスの記述をそのまま史実として受け取ることはできませんが、秀吉自身が「女狂い」であったことを認めていた事実を踏まえると、その証言には少なからぬ真実が含まれていたのかもしれません。

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