朝ドラ『風、薫る』りんのモデル・大関和が解任された本当の理由…今井医師のモデル・佐藤三吉が引き留めないわけ:3ページ目
はっきり物申す和を嫌っていた男性医師ら
大関和の「建議書」は巻紙に長文の達筆で書いたもので、“異様な迫力が溢れていた”そう。(原案小説より)
「謹んで書を医科大学第一医院外科監督佐藤教授閣下に呈す 妾熟々惟るに……」で始まった建議書は
▪️看病婦は過剰な労働で疲弊している
▪️看病婦の人数を増やし交代制にし睡眠時間を確保させる
▪️看病婦を「婦人矯風会」(※)「婦人衛生会」に参加させる
※婦人矯風会:近代日本における廃娼運動を担った女性団体
などと書き連ねてありました。ごく普通に考えれば、“看病婦”の人数を増やし交代制にして十分に休養と睡眠がとれるように改善したほうが、それだけ「看護」の勉強もはかどるはず。
現場経験のある“看病婦”が学んで知識を得て“看護婦”になれば、病院にとってもプラスになることなのですが。
ところがこれに激怒したのが、医局の男性医師たちでした。自分たちに何の相談もなく勝手に和が外科教授の佐藤三吉に渡したことで「許せん!」となったのです。
もともと、男性医師たちの中には「女で看護婦のくせに、男の医師に物申す」和を嫌う人もいました。
顔色をうかがわず、はっきりと物申す和が「気に入らない」と無視する男性医師もいたとか。
こういうことは令和の現代でもありますよね。和もかなりやりづらかったことでしょう。
結局は、和と男性医師の間には不協和音が生じるようになってしまったのです。
佐藤は和の看護婦能力を高く評価していたものの「医師とソリの合わない看病婦取締を病院には置いておけない」と悩んだすえに解任。和は頭を下げればいち看護婦としては働くことはできましたが、それをせずに病院を去りました。
結局、和の退職後、鈴木雅も桜川里い(ドラマでは玉田多江/生田 絵梨花)も三ヶ月後に病院を退職します。
男性医師のメンツを重んじ和を辞任に追い込んだ第一医院ですが、その後、新聞に「看病婦の質が下がった」という投書があったり、女性誌に「和の解雇劇」記事が掲載されたりして、慌てて看護講習の見直しを図るようになったそうです。
結果的に、和は第一医院の体質改善に大きな役目を果たしたのです。
