朝ドラ『風、薫る』りんのモデル・大関和が解任された本当の理由…今井医師のモデル・佐藤三吉が引き留めないわけ:2ページ目
看病婦の過酷な労働環境改善に働きかけた和
原案伝記小説では、大関和が病院を去った最大の理由として『医師との軋轢』が描かれています。
「女性が働き自立する」ことが難しかった明治時代。女の人が自分の力で生活できるだけの収入を得る仕事は限られていました。
そんな社会背景の中、大学病院では「女中扱い」されていた従来の“看病婦”たちは、白いユニフォームで颯爽と働く大関和や、大家直美のモデル・鈴木雅たちトレンド・ナースに憧れるようになったのです。
「このままでは年を取ったら使い捨て。正式に看護を学びたい」と。(まさにドラマでは院長らは看病婦を減らす計画をしていましたね)
日本に「看護」という意識がなかった時代。病院でさえ、医師らは“看病婦” “看護婦”に対して“下女”くらいの認識しかなかったとか。
長年、そんな環境で過酷な労働に耐えてきた“看病婦”たちは、給料を上げるためにも「看護を学びたい」と思ったそうです。
そこで和は、医師の瀬尾原始(ドラマでは黒川勝治/平埜生成)らに依頼し「看護講習」を実現します。けれども、皆日中の仕事量が多過ぎ、個人で勉強する時間を作ろうとすると、夜寝る時間を犠牲にするしかありません。
真面目でやる気のある“看病婦”ほど疲労が溜まり、日中の仕事にも支障をきたしてしまいました。そこで和は、外科の医局へ“看病婦”の待遇改善を訴えるも黙殺されたため、外科教授の佐藤三吉に直接『建議書』を提出しました。
このとき、和の脳裏に浮かんだのは『進歩のない組織で持ち堪えたものはない』というナイチンゲールの言葉だったとか。
確かに。現代社会も同じですね。
