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朝ドラ「風、薫る」女郎を地獄から救いたい…夕凪を救うため、りん(見上愛)が出会う明治の『廃娼運動』とは?

朝ドラ「風、薫る」女郎を地獄から救いたい…夕凪を救うため、りん(見上愛)が出会う明治の『廃娼運動』とは?:4ページ目

第一病院退職後、新潟で「廃娼運動」に出会う

ドラマでは、卯三郎に廃娼運動の新聞記事を教えてもらったりんは、早速持ち前の行動力でその新聞社を訪れます。

原案の伝記小説では、大関和は明治23年(1890)に帝大医科大学第一病院を退職し新潟県の高田の女学校で舎監として赴任します。

そのとき、女学校の設立者で地元の廃娼運動の主導的立場である大森隆碩に出会い『廃娼演説会』に誘われます。

和は女学生らとともに演説会に参加するのですが、「反廃娼・在娼推進」の暴徒が演説会の邪魔をし暴言を吐かれるという経験をします。

それでも和や学生たちは『さあ、共に生きよう』という讃美歌を合唱したのです。「遊郭の中の女郎と外の世界にいる自分たちが共に手を取って廃娼を進めよう」とする気持ちが響いて、来場者の中には涙する人々もいたとか。

女学生たちは「廃娼は知らなかったけれども、目を逸らしてはいけない問題だと気がついた」と感謝の言葉を述べたそうです。

その後、ほぼ男性ばかりだった廃娼演説会に女性の参加者が増えたそう。喜ばしいことだったのですが、やはり中には「娼婦=悪」という観点から廃娼運動をする人もいて大関和は悩います。

そんなときは、東京にいる鈴木雅に悩みを綴った手紙を書くと、雅からは「娼婦=悪という考えに立つと、娼婦を廃業したあとの就職問題が解決しない!」など、厳しくも嬉しい励ましの言葉をもらっていたそうです。

ドラマの「風、薫る」のように、和と雅は離れていても「女性の自立への道」を切り開いていくよき同志だったのですね。

5ページ目 社会の仕組みは変えられなくとも目の前の人は救える

 

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