「天皇」も「日本」も最初からあったわけではない?天皇家の系譜から読み解く古代史の謎【後編】:3ページ目
律令制以前、天皇・日本という概念は存在しなかった
「天皇」と「日本」という称号・国号が、7世紀後半から8世紀にかけて定着したのだとすれば、それ以前の支配者は「大王」であり、国名は「倭」であったことになる。
つまり、天智朝以前の大王たちは、「天皇」でもなければ、「日本」という国家の君主でもなかったということになるのだ。やや極端な言い方になるかもしれないが、その時代には、まだ「天皇」も「日本人」も存在していなかったのである。
このように考えると、天皇について語る際、ことさらに「万世一系」などという言葉を強調することは、やや的を外した議論と言えるのかもしれない。
しかしながら、日本の皇室が仮に継体天皇を祖とするとしても、1,500年にもおよぶ世界に誇るべき稀有な王統であることは揺るがない事実である。さらに、戦後の皇室が一貫して示してきた国民に寄り添う姿勢には、尊敬以外に表す言葉が見当たらない。
そして、上皇陛下、今上陛下が歩んでこられた平和への道が、いかなる政治的思惑によっても損なわれることなく、これからも続いていくことを願ってやまない。
最後にひと言、述べさせてもらいたい。それは、歴史をより精緻に見つめ直すためには、このような視点を持つことこそが重要なのではないだろうかということだ。読者の皆さんは、どのようにお感じになるだろうか。
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※参考文献
網野善彦著 『日本の歴史をよみなおす』ちくま学芸文庫
古田武彦著 『奪われた国歌君が代』情報センター出版局



