「天皇」も「日本」も最初からあったわけではない?天皇家の系譜から読み解く古代史の謎【後編】:2ページ目
「天皇」「日本」が誕生したのは7~8世紀だった
しかし、現在では「天皇」という称号が制度的に定着するのは、7世紀後半と考えるのが一般的である。壬申の乱に勝利した第40代・天武天皇は、飛鳥浄御原令(あすかきよみはられい)を制定し、律令国家体制の整備を進めた。この時期に、君主号としての「天皇」が確立したと見られているのだ。
一方、「日本」という国号が成立したのも、律令の完成と無関係ではない。8世紀初頭、大宝律令が施行された頃、唐に派遣された遣唐使は、自らを「日本」の使節と称している。
つまり、7世紀後半から8世紀にかけて、「天皇」と「日本」がセットで使用され始めたと見るべきなのだ。
これは、倭国の社会が高度な文明を誇る中国の律令制度を取り入れ、国家としての形式を整えた結果でもあった。それとともに、「天皇」「日本」という概念が確立されたともいえるのである。
3ページ目 律令制以前、天皇・日本という概念は存在しなかった
