『豊臣兄弟!』お市の長政介錯は史実?義昭のその後、義景斬首の実際…怒涛の展開、第17回放送を考察:5ページ目
お市は本当に長政を介錯(斬首)した?
かくして存分に武勇を示した後、長政は本丸近くの赤尾曲輪(あかおぐるわ。清綱邸)にて自害して果てます。
……浅井日向守長政を引取御介錯可仕(つかまつるべし)と申けれは心得たりとて頓て(やがて)御腹めされける日向守も頓て介錯仕る長政満る年は二十九をしまぬ(惜しまぬ)者はなかりける則(すなわち)日向守も腹かき切て伏たりける……(中略)……誠に此(この)長政十六より武将を取(とりて)一度もにふき(鈍き)事あらさりけるか最後のきは迄(際まで)かく手はやく御腹めされし事古今まれ成剛将なりとて敵も味方も感しける……
【意訳】浅井日向守(ひゅうがのかみ)は長政を保護し「それがしが介錯つかまつる」と申し、長政は心得たと腹を切った。日向守は速やかに介錯する。長政29歳。その死を惜しまぬ者はなかった。日向守も後を追うため腹を掻き切り、うつ伏せになって絶命する……(中略)……この長政は16歳より武士として生き、一度として鈍いこと≒未練の振る舞いなどはなかった。そして最期まで迷いなく腹を切った潔さは、古今まれなる剛将であると、敵味方分け隔てなく感銘を受けたのである。
……ということです。ここに近江の雄・浅井一族は歴史の表舞台から姿を消したのでした。
これを踏まえて大河ドラマを見直してみると、また違った感想が湧くかも知れませんね。
第18回放送「羽柴兄弟!」
秀吉(池松壮亮)は織田家家老に昇格し、北近江を拝領。領地に長浜城を築いて城持ち大名となり、小一郎(仲野太賀)と共に羽柴姓を名乗る。小一郎は城下の統治を任されるが、人手が足らずてんてこまい。半兵衛(菅田将暉)から、子飼いの家臣を増やすべきだと助言され、有能な家臣を求めて選抜試験を行うことに。多くの志願者が集まる中、石田三成(松本怜生)、藤堂高虎(佳久創)ら個性的な若者たちが最終試験に残る。
※NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
次週はついに城主となった秀吉、そして小一郎のてんやわんやが描かれるようです。次世代を切り拓く俊英たちが結集し、ドラマに新しい風を吹き込んでくれることでしょう。
『豊臣兄弟!』秀吉ついに城持ち大名!次回5月10日放送「羽柴兄弟!」のあらすじ&場面写真、相関図が公開
今週はシリアス回だったので、恐らく次週はコメディタッチに描かれる息抜き・箸休め回と予想されます。
どんどん立身出世街道をひた走る豊臣兄弟の背中を、これからも追い駆けていきましょう!
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