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『豊臣兄弟!』お市の長政介錯は史実?義昭のその後、義景斬首の実際…怒涛の展開、第17回放送を考察

『豊臣兄弟!』お市の長政介錯は史実?義昭のその後、義景斬首の実際…怒涛の展開、第17回放送を考察:4ページ目

浅井長政は豊臣兄弟と相撲をとった?

劇中では何だかあっさりと死を選び、何とか説得したい豊臣兄弟と相撲をとっていた長政ですが、実際のところはどうだったのでしょうか。

『浅井三代記』巻第十八「浅井長政最後之事」を読んでみると、最後まで勇ましく戦った様子が描かれています。長いので、一部を抜き出してみましょう。

……長政は妻子共をそこ〳〵と相かたつけ給へは今は心にかゝる事なし花やかに軍すへしとて浅井石見守赤尾美作守同興七郎西野壱岐守彼等四人の者共に宣ひけるは今ははや心にかゝる事なしいさ切て出一軍せんとて手廻小姓五百計にて討て出たまふ……

【意訳】長政は妻子らを信長に引き渡し、重臣の浅井亮親(すけちか。石見守)・赤尾清綱(あかお きよつな。美作守)・赤尾与七郎(よしちろう)・西野壱岐守(にしの いきのかみ)に言った。「これで心残りはなくなった。潔く出陣して、華やかに戦ってやろうではないか」と500ばかりの軍勢を率いて本丸から出撃した。

……長政其日の裳束には黒糸綴の鎧に金襴の袈裟をかけ朱柄の長刀をふつて門をひらき切て出たまへは寄手我討取高名せんとて猛勢の中に引包む長政の勢五百計一足もひかすあたるを幸と切伏せ追まくりたまへは寄手猛勢なりとは申せとも一町面崩れ散々はつと引けれは丸の中へそ引にける……

【意訳】長政は黒糸縅(くろいとおどし)の鎧に金襴の袈裟(僧衣)といういでたち。柄を朱色に塗った薙刀を奮い、門から飛び出して織田の大軍へ斬り込んだ。織田勢は「討ち取って名を上げよう」と群がり包囲するも、長政の軍勢は500ほどの少人数ながら一歩も退かず、当たるを幸いと斬りまくる。いくら織田勢の勢いがよかったとは言え、切り崩されて一時退却。それを見た長政らも本丸へと引き上げた。

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人間はとかく3という数字が好きなのか、戦国時代にも三好三人衆とか美濃三人衆が活躍していました。北近江を領していた浅井長政(中島歩)にも浅井三将と呼ばれる者がいたようで、その顔ぶれは以下の通りで…

5ページ目 お市は本当に長政を介錯(斬首)した?

 

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