【豊臣兄弟!】お市が長政を介錯した悲劇の舞台、“あの小谷城”へ…聖地巡りしたい巨大な山城の見どころ
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第17回『小谷落城』では、浅井家最後の舞台となった小谷城が登場。
ドラマでは、和睦には応じず切腹した浅井長政と、長政の説得で一度は豊臣兄弟と共に城を退却しようとするも、刀を手に戻り「いつまでもお慕いしています」と最愛の夫・長政の介錯をしたお市の最後が描かれました。
【豊臣兄弟!】お市が長政を介錯した衝撃ラスト…“終焉と滅亡”が描かれた第17回『小谷落城』を考察
そんな悲劇の舞台となった小谷城は、長浜市の小谷山(標高495.1m)にあります。
浅井家3代が居城とした「小谷城」は、滋賀県長浜市にある『小谷城戦国歴史資料館』に設置された掲示「日本の山城100名城『山城トップ3』によると、「魅力を体感できる山城 第1位」「小説の舞台にしたい山城 第1位」だそうです。
さらに「時代を変えた山城2位」「撮影したくなる山城3位」にもランクインしています。
小谷城は、山城のため山道を歩く必要はありますが、初心者でも“戦国時代のロマンや山城ならではの防備を堪能できる“と評判です。
当時の浅井長政とお市の生活に思いを馳せながら、小谷城を散策してみませんか。
浅井長政・お市、悲劇の別れの舞台「小谷城」
小谷城は、滋賀県長浜市(旧東浅井郡湖北町伊部、かつての近江国浅井郡)にあった「山城」です。
日本五代山城(越後国(新潟県)の春日山城/能登国(石川県)の七尾城/近江国(滋賀県)の観音寺城/出雲国(島根県)の月山富田城)の一つです。
築城については諸説ありますが、大永3年(1523)〜4年築城説が有力だそうです。小谷山から南に伸びる尾根一帯を城郭化した中世山城で、本城のほか清水谷や大嶽、福寿丸など広大な城域を持っています。
そして、『小谷城戦国歴史資料館』は、その小谷城跡内にあります。「戦国大名浅井氏と小谷城」をテーマに長政やお市の方、織田信長の画像(複製)、小谷城跡絵図、小谷城から出土した遺物など、浅井氏や小谷城に関する資料を展示。
コンパクトながらも見応えのある資料館で、資料館前には小谷城の各種掲示板(小谷城の曲輪復元図・小谷城跡安全標識のご案内)がなどあるので、散策前にスマホで撮影しておくとよいでしょう。
小谷城跡の全体図を見ると、「細長い構成」になっていて本丸などの主要な部分は右側の尾根に集中しているのが分かります。
本丸を攻めるときは、一般的には下から山を登りながら攻略していくと思えますが、秀吉は真ん中の谷間から右側の急峻な崖を無理やり登って攻略したそうです。
期間限定になりますが、麓から城跡までシャトルバスが運行しているので、脚力や体力に自信のない人は利用するといいでしょう。中腹には「小谷城中腹駐車場」があるので、車でもアクセスできます。



