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驚愕の古代史!卑弥呼はなぜ女王になったのか?邪馬台国誕生の裏にあった異常気象と“倭国大乱”[後編]

驚愕の古代史!卑弥呼はなぜ女王になったのか?邪馬台国誕生の裏にあった異常気象と“倭国大乱”[後編]:2ページ目

青谷上寺地遺跡で見つかった大量の人骨の謎

島根県鳥取市青谷町に「地下の弥生博物館」と称される青谷上寺地遺跡があります。弥生時代前期から古墳時代前期にわたるこの遺跡からは、農作業や土木作業に利用された鋤・鍬などの道具、漁業に用いられた船の破片や釣針、そして土器類など多くの遺物が発掘されています。

同遺跡が「弥生博物館」と言われるのは、出土品の保存状態の良さからです。遺跡周辺が低湿地帯で外気から遮断された状態にあるため、腐敗菌の繁殖が抑えられることにより、遺物の保存状態が良好に保たれたと考えられています。

同遺跡では、2000年(平成12年)の発掘調査で、集落を取り囲むように掘られた溝から弥生時代後期の人骨が見つかりました。その数は、おおよそ300点、110体分という多さで大きな話題を集めたのです。

さらに2023年(令和5年)に行われた発掘調査では、350点、約30人分の人骨が見つかり、その中には幼児の骨も確認されました。

この時に発見された人骨には、人々が亡くなった際の情報が多く残されていました。どの人骨にも人為的な傷跡が付いていたのです。

鋭利な刃物で斬られたと思われる顎の骨、硬い額の骨を割られた頭蓋骨。また、骨盤の一部である寛骨を貫いていたのは銅製の鏃(やじり)でした。その骨盤の後ろ側には切創の跡があることから、離れて場所から弓矢で射られ、倒れたところを斬りつけられたと考えられるのです。

そして、ほとんどの頭蓋骨には焼かれた痕跡がありました。殺害した後、意図的に頭部を切断し炎の中に投げ込んだ可能性があるのです。

これだけでも衝撃的ですが、さらにショッキングな事実が浮かび上がってきました。それは、これらの人骨からゲノムを抽出し解析したところ、ほとんどの人骨が渡来人系であることが判明したのです。

つまり、青谷上寺地遺跡の集落に暮らす人々とは血縁関係がない渡来系の人々がまとめて殺害され、遺体は溝に捨てられていたのでした。

鳥取県文化財局では、これらの人々を生口・奴婢とみる仮説を提示しています。しかし、大陸から逃れてきた難民たちが、青谷上寺地遺跡に暮らす人々との間に、何らかの軋轢が生じた結果、殺害された可能性も想像できるのです。

3ページ目 共生の道を模索し邪馬台国が誕生

 

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