『豊臣兄弟!』慶(吉岡里帆)の義両親・堀池頼昌&絹は実在した?謎多き人物のモデルを史実で探る:2ページ目
堀池家は揖斐城主だった?
『新撰美濃志』によると、美濃国守護一門の土岐頼雄(とき よりかつ)が南北朝時代の康永2年(1343年)に揖斐城(岐阜県揖斐川町)を築きました。
その後も頼雄の子孫が歴代城主を務めましたが、天文16年(1547年)に斎藤道三(麿赤兒)が攻め落とします。
道三は土岐家の旧臣であった堀池家の者に揖斐城を預けますが、永禄10年(1567年)に織田信長(小栗旬)が美濃を攻略した際、揖斐城は織田へ寝返った稲葉良通に落とされてしまいました。
※この時に慶の夫は討死してしまったのでしょう。
その後、揖斐城は稲葉貞通(さだみち。良通の子)が治めるところとなり、堀池家が城主に返り咲くことはなかったようです。
堀池内蔵は天正6年(1578年)に活動記録があり、堀池備中守は天正9年(1581年)に討たれていることから、堀池家は信長に臣従したのでしょう。
大河ドラマの設定に当てはめると……
慶の前夫である堀池頼昌の子は、永禄10年(1567年)に討死したことになります。
→安藤守就(田中哲司)ら美濃三人衆の寝返りが、討死の原因とされているため。
これだけだと、堀池頼昌のモデルははっきりしませんね。また安藤家と堀池家が婚姻関係を結んだという記録もなさそうです。現時点だと、史料を基に創作した架空の人物と思えますが……。
堀池頼昌
ほりいけ よりまさ美濃・斎藤家に仕えていた慶の亡夫の父。慶の父・安藤守就が織田方に寝返ったことで斎藤氏は敗北、堀池家も没落した。今は百姓として生計を立てている。
※NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
堀池 絹
ほりいけ きぬ頼昌の妻。堀池家が没落したことにともない、夫と共に近江と美濃の国境にある宝久寺村で、慣れない百姓暮らしを送る。
※NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
※宝久寺村(ほうきゅうじむら)は架空の地名です。
とは言え、第19回「過去からの刺客」では、慶の秘密を解き明かすキーパーソンになったのでした。
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※参考文献:
- 『美濃国諸旧記・濃陽諸士伝記(国史叢書)』国立国会図書館デジタルコレクション
- 中井均ら編『東海の名城を歩く 岐阜篇』吉川弘文館、2019年11月
- 三宅唯美ら『岐阜の山城ベスト50を歩く』サンライズ出版、2010年3月




