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朝ドラ「風、薫る」語学を武器に幕末・明治を動かした男…実在人物・清水卯三郎(坂東彌十郎)の生涯

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瑞穂屋を開業!旧時代と新時代の狭間での船出

新たな時代の幕開けを見つつ、卯三郎は西洋の技術を日本に根付かせるという新たな希望に燃えていました。

卯三郎は欧米から石板印刷や陶器着色法、歯科器材などを日本に持ち帰っています。

これらの最新技術を普及するため、卯三郎は「瑞穂屋」(みずほや)という書店を浅草に構えました。

瑞穂屋では西洋技術の翻訳書や西洋の啓蒙書を出版。多くの日本人に西洋のことを知ってもらい、日本を発展させるため、卯三郎は動いていきます。

当初は洋書を中心に扱っていた卯三郎でしたが、やがて薬品や歯科医療器具などの輸入販売も手がける貿易商に転身。翌明治2(1869)年に瑞穂屋は日本橋へ移転して足場を築きます。

さらに石板印刷の機械を輸入して出版業も展開。同年に『六合新聞』を刊行して海外の事情を紹介しました。

日本の発展のために…内国勧業博覧会を実現させる

明治5(1872)年、卯三郎は明治政府に建白書を提出。日本において博覧会を開催して、西洋の文物を展示して日本国民を触発すべきだと述べました。

明治7(1874)年には、明六社の機関誌『明六雑誌』に「平仮名の説」を寄稿。説においては「漢字を減らし、わかりやすい文字で知識を国民に広める」という発想で書かれていました。

同年には『ものわりのはしご』を出版。同書はイギリスの化学の入門書を翻訳したものでした。

「ものわり」は化学のこと(卯三郎の造語)です。「はしご」は階梯を意味しており、入門書を意味します。

より西洋の学問に、わかりやすく、広く確実に触れる。卯三郎の強い意志が一連の行動からは汲み取れますね。

そしてとうとう、卯三郎の苦労が報われる日が訪れました。

明治10(1877)年8月、日本において第一回内国勧業博覧会が開催。当時最新式の西洋の器械が展示されました。卯三郎の願いが結実した瞬間です。

卯三郎の生涯は、特に日本の近代化に捧げられた、と言っても過言ではありません。

明治43(1910)年1月20日、卯三郎は世を去りました。享年82。

朝ドラ「風、薫る」においては清水卯三郎の「強い人も、弱い人も、みんなで社会」と言うセリフがあります。

日本や世界の歴史に偉大な実績を残した傑物。しかし驕ったところを見せず、むしろ弱者に対しても、その役割を与えるべく奔走した人物でした。

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