朝ドラ「風、薫る」語学を武器に幕末・明治を動かした男…実在人物・清水卯三郎(坂東彌十郎)の生涯:3ページ目
日本人商人では唯一の参加!
やがて卯三郎は、日本の「商人の代表」として世界的なデビューを飾ります。
慶応3(1867)年、卯三郎はフランスのパリ万国博覧会に参加。幕府蕃書調所(東京大学の前身)教授手伝・箕作秋坪(しゅうへい。かつて師事した箕作阮甫の養子)から勧められ、日本人の商人としては唯一の参加だったとされています。
渡欧にあたっては、徳川昭武(徳川慶喜の弟)や渋沢栄一らと行動。スエズやアレクサンドリアを経てパリに至りました。
卯三郎は日本会場において数奇屋造りの水茶屋を再現。日本から連れていった三人の芸者が実際に欧米人相手に茶や菓子でもてなしました。
さらに日本の刀剣や扇子、錦絵などの美術品を出品。世界に向けて優れた文化や技術をアピールしています。
日本会場が大盛況を受けたことで、卯三郎はフランス皇帝ナポレオン3世から名前が入った銀メダルを授与されました。
まさに卯三郎の活躍が、世界に認められた瞬間です。
※参考:
【万博の豆知識】日本美術が西洋を魅了!日本の万博 初参加は江戸時代、“あの国”で開催された150年以上前
さまざまな問題や課題がありながらも、何とか開幕を迎え、にぎわいを見せている2025年の「大阪・関西万博」。お近くの方や、旅行も兼ねて遠方から訪れている方も多いのではないでしょうか。海外からも多くの方が…
万国博覧会と時同じくして、日本では旧幕府から、新時代へと移り変わろうとしていました。
卯三郎は万博の後、パリからイギリスとアメリカを見聞。西洋列強の強国を間近に見ています。
慶応4(1868)年5月、卯三郎は日本に帰国。すでに江戸城は無血開城され、戊辰戦争真っ只中の状況でした。

