朝ドラ【風、薫る】予習:逆境を切り開いた才女!ヒロイン・大家直美(上坂樹里)のモデル・鈴木雅の生涯:3ページ目
近代的で合理的な職業観を持って活躍
荻野吟子は、嘉永4年(1851)生まれの「日本で最初の女性医師」であり女性運動家としても知られます。
吟子は慶応4年(1868)17歳の頃、武蔵野国上川上村の名主の長男と結婚しますが、数年後に夫から淋病をうつされて離婚。
上京して病院で治療を受けるものの、そのときの医師が男性ばかりで下半身を晒して治療を受けるという屈辱に、女医となってこのような辱めの治療から女性を救いたいと決意したそうです。
その意思の強さや志の高さは、看護婦業を広めるために邁進する雅とは共鳴する部分があったのでしょう。
アメリカで最先端の看護を学ぶよりも、日本で目の前の患者を救いたい……と考えてた雅。昭和15年(1940)に82歳でその一生を終えました。
『風、薫る』の原案といわれる『明治のナイチンゲール 大関和物語』(田中ひかる著)では、鈴木雅が「廃娼までは力が至らずとも、お女郎さんたちの力になることはできます。遊郭こそ、女医や看護婦が必要な場所です」と述べているそう。
大関和がナイチンゲールのようなチャリティの精神を持つとしたら、鈴木雅は「どんな患者さんでもしっかり治療をすべきであると同時に、看護は職業なのだから自分の生活もしっかりと担保しなければ」という近代的で合理的な職業観を持っている女性だったようです。
和も雅も異なる考えの持ち主ながらも、日本に看護婦という職業を確立し、多くの人命を支え助けることに人生を賭けたのでした。
公式がリリースした一ノ瀬りんと大家直美のトークで、見上さんが
「バディものは、よく片方が月、もう片方が太陽に例えられることが多い。けれどこのドラマでは、どちらかが月になればどちらかが太陽になる。それを二人で繰り返しながら進んでいく関係。それが年齢を重ねてどう変化していくのか注目してください」とのことでした。
