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『豊臣兄弟!』理不尽すぎる粛清…15歳の美少女・駒姫、罪なき処刑へ——「秀次事件」の悲劇

『豊臣兄弟!』理不尽すぎる粛清…15歳の美少女・駒姫、罪なき処刑へ——「秀次事件」の悲劇:3ページ目

幼な子を含めた総勢39人が処刑

一説によると、駒姫は、京都に到着したばかりで秀次とはまだ夫婦関係になっておらず、再会もしていない状態だったそう。けれども処刑の対象になってしまったのです。

8月2日、真夏の京都。『関白雙紙(かんぱくそうし)』によると、処刑される女性たちは皆、死装束の白い経帷子を着せられ梵字を書いた手拭いを付け、髪を下ろしていたそう。

小瀬甫庵『太閤記』には、処刑されることを知らず牛車の上で無邪気に母親に抱き付き甘える幼児らの姿をみて、見送る京の人々はこらえきれずに涙したという記録があるそうです。

その光景がありありと浮かぶだけに、胸が締め付けられます。

刑の執行は、三条河原に竹垣を設けて行われました。秀次の正室から始まり次々と側室や幼な子らが斬首され、駒姫は11番目でした。

父・最上義光は、秀吉に必死で娘の助命嘆願を行い、各方面からも「まだ夫婦にもなっていない駒姫を処刑するのは残酷だ」と助命の声があがりました。

淀殿が秀吉に願いでたこともあり、秀吉は「鎌倉で尼になる」ことを条件に、駒姫の処刑中止を決め「処刑中止」の早馬を三条河原に走らせます。

けれど、時すでに遅し。早馬が処刑場まであと100mと迫ったところで間に合わず、駒姫は処刑されてしまったのでした。

あまりにも切ない駒姫の辞世の句

駒姫は辞世の句を残しました。

「罪をきる 弥陀の剣にかかる身の なにか五つの障りあるべき」

(罪も犯していないのにこれから斬られる我が身。もし、お慈悲ある阿弥陀仏の剣であれば、女性の「五つの障り」(※)は断ち切られて、きっと成仏して極楽浄土に行けるでしょう。)

※五つの障:女性が生まれつき持っている五つの障害、煩悩・業(ごう)・生・法・所知で、仏道修行の妨げとなる考え

『太閤記』には、辞世の句がもう一つあります。

「うつつとも 夢とも知らぬ世の中に すまでぞかへる白川の水」

(現実なのか夢なのかわからないこの世の中に、長く住むことなく、私はあの世に帰るのでしょう。澄むことなく、寄せては返る白川の水のように)

取り乱すことない聡明な駒姫らしい辞世の句といわれています。

けれども内心はどうだったのでしょうか。

長旅でやっと京都に到着したと思ったら、突然夫になるはずの秀次が切腹し自分は処刑を言い渡される……そんな悲劇に、いくら武家の娘だからといっても、すぐ納得して受け入れたのではないと思います。

驚きや悲しみ、嘆きや絶望など、人として当たり前の感情が胸の内に嵐のように吹き荒れたのではないでしょうか。

個人的には「罪をきる 弥陀の剣にかかる身の」部分に、“私は何の罪も犯していない”……という、持って行き場のない感情と、それでも処刑を受け止める自分に対しての誇りのような思いを感じました。

恨みつらみの言葉は残さなかった駒姫。「武家の娘らしくい立派な最後だった」と、褒め称えられる句を残したのは、あとに残される父や母を思ったからかもしれません。

「姫はどんな思いで処刑を受け止めたのだろう」と父母が想像して苦しまないように、「私は武家の娘。覚悟を決めましたよ」と思わせたかったのでは。まだ、15歳の少女が、どんな思いでこの辞世の句を詠んだのかと思うと、胸が塞がれる思いです。

4ページ目 豊臣家を見限り徳川についた最上義光

 

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