『豊臣兄弟!』妻との絆に涙…いずれ秀吉に仕える大沢次郎左衛門の生涯と、2つの「嘘から出た実」:2ページ目
“鵜沼の虎” 大沢次郎左衛門の実像とは?
さて、今回注目された髭面のキャラが印象的な大沢次郎左衛門。
実在の人物ですが、生没年は不詳。はっきりとした資料などは少ないようです。
江戸時代の『本朝武功正伝』には、身長は2m以上の偉丈夫で「34人力」とうたわれた剛の者だったとか。
“鵜沼の虎“と呼ばれるほどの槍術の達人だったそうですが、ドラマでは「礫(つぶて)/石」の名人で、百発百中で敵を倒せる人物として描かれています。
同じく江戸幕府が編纂した『寛永諸家系図伝』によると、大沢次郎左衛門は、斎藤氏の家臣で妻は斎藤道三の娘で、鵜沼城の城主でした。
斎藤道三、義龍の没後、斎藤家の当主が龍興となった頃、信長は美濃攻略に乗り出し、鵜沼城は攻撃目標の一つに。
『太閤記』によれば、永禄9年(1566年)12月に、秀吉の調停によって信長に降り、翌年1月に秀吉に同道し清須へ赴くも信長に殺されそうになるも秀吉の策によって逃れた……とあるそう。
(『信長公記』では鵜沼城攻略を永禄7年(1564年)8月としています。)
その後の信長の臣としての活躍は史料になく、信長死後の天正10年(1582年)8月、北近江の支配者となった柴田勝豊から、阿閉貞大の旧領と浅井郡の地を与えられている(士林証文)と伝わっています。
さらに秀吉、豊臣秀次(秀吉の甥)に仕え2,600石を知行するも、秀次の自害後は流浪して、美濃を経て小田原の万松院に寓居し76歳で死去したそうです。
※諸説あります。
「美女と野獣」のような心通いあった夫婦
ドラマ「豊臣兄弟!」では、礫の名人で体も大きく豪傑という雰囲気の大沢次郎左衛門。強面の風貌ですが、彼の“泣きどころ”は妻の篠(映美くらら)でした。
余談ですが、映美さんといえば、「べらぼう」で一橋治済の傀儡だった“大崎”。SNSでは「大崎が戦国に転生!」「饅頭は食べたらだめ」などの声がたくさんあがってました。
公式サイトの人物紹介では、
篠:次郎左衛門の妻。体が弱く、病の床に伏せりがちだが、夫とは深い絆で結ばれている。
映美さんは、大沢次郎左衛門と妻の「夫婦の深い絆」を物語の大切な核として反映したいと告げられて喜んで受けたそうです。
詳しい生没年や本名などは不明なので、「篠」という名前や病弱という設定は、ドラマの脚本上のことでしょう。
5話では、無骨な次郎左衛門と儚げながらも芯のある美しき奥方・篠の心通い合う場面が、まるで「美女と野獣」のようでしたね。

