わずか40年でまるで別の国に──明治の日本人が「捨てたもの」と「守ったもの」
明治元年から40年ほどで、日本人は政治・経済・教育・軍事・生活様式まで、ほぼ別の国のように変わってしまいました。
明治時代は、教科書ではよく「日本が近代国家へと生まれ変わった時代」と説明されます。けれど、その変化のスピードを冷静に考えると、少し怖くなるほどです。
これは単なる制度改革ではありません。人々一人ひとりが、「これまで当たり前だった生き方」を捨てる決断を迫られた時代でした。
本稿では明治の人々が 捨てたもの(身分・暮らし) と、逆に 守ったもの(学ぶ価値・つながり) を整理し、「なぜ日本人は西洋の全部は真似しなかったのか?」 を読み解きます。
捨てたもの① 身分で決まる人生
明治の日本人が最初に捨てたもの、それは身分制度です。
江戸時代、人の人生は生まれでほぼ決まっていました。武士の子は武士、農民の子は農民。努力よりも血筋が重い社会です。
明治政府はこれを廃止します。すると何が起きたか。
刀を差していた武士が、ある日突然「ただの平民」になります。俸禄はなくなり、誇りだった身分も消えました。武士の中には反発して立ち上がる者もいましたが、多くは現実を受け入れ、教師や官僚、警察官として新しい役割を探しました。
ちょんまげを切ること、刀を手放すことは、単なる見た目の変化ではありません。それは「過去の自分」と決別する行為だったのです。
捨てたもの② 暮らしの「当たり前」
生活も大きく変わりました。和服から洋服へ、草履から靴へ、暦は太陰暦から太陽暦へ。時間の感覚さえ変わりました。
特に大きいのは、「働き方」の変化です。農業中心だった社会は、工場労働や会社勤めへと広がっていきます。毎日同じ時間に出勤し、決められた作業をこなす生活は、それまでの日本人にとって未知のものでした。
今で言えば、急に「明日から全員、働き方が変わります」と言われるようなものです。
戸惑わない方が不思議でしょう。
