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わずか40年でまるで別の国に──明治の日本人が「捨てたもの」と「守ったもの」

わずか40年でまるで別の国に──明治の日本人が「捨てたもの」と「守ったもの」:2ページ目

守ったもの①  学ぶことの価値

一方で、日本人はすべてを捨てたわけではありません。むしろ、強く守ったものがあります。それが、学ぶことの価値です。

明治政府は、国づくりの中心に教育を置きました。全国に学校を作り、「勉強すれば未来が開ける」という考え方を広めます。この発想は、江戸時代の寺子屋文化があったからこそ、比較的スムーズに受け入れられました。

江戸時代、全国に自然発生的に広まった「寺子屋」ではどんな勉強をしていたのか?

江戸時代の日本は知識層に限らず、一般庶民の識字率もかなり高い時代でした。江戸幕府によって天下が安定し、太平の世が続くと経済が発展し、あらゆる階層の人たちに読み書きや計算の基本能力が求められるようになっ…

身分に関係なく学べる社会は、多くの人に希望を与えます。努力が意味を持つ世界を、日本人は選び取ったのです。

守ったもの②  人とのつながり

もう一つ守られたのが、人とのつながりを大切にする感覚です。

西洋の制度を取り入れながらも、日本人は家族や地域、仲間との関係を簡単には手放しませんでした。

会社という新しい組織の中でも、「和」を重んじる文化が生まれます。合理性だけでなく、空気や信頼関係を大切にする姿勢は、明治以降も日本社会の特徴として残っていきました。

3ページ目 なぜ日本人は西洋の全部は真似しなかったのか?

 

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