2026年大河『豊臣兄弟!』注目の舞台──豊臣秀吉・秀長、飛躍の契機「本能寺の変」の史跡を巡る【後編】
2026年1月4日(土)、NHK大河ドラマは新たな幕を開きます。豊臣秀吉とその弟・秀長の生涯を軸に、彼らを取り巻く人々の波乱と魅力を描く『豊臣兄弟!』がいよいよスタートします。
放送開始に先立ち、物語の舞台となる歴史の息づく地をめぐるプロローグ企画をお届けします。
安土城に続き本稿では、豊臣兄弟が天下に羽ばたくきっかけとなった本能寺の変を取り上げ、[前編][後編]の2回に分け、その真相に迫ります。
【前編】の記事↓
2026年大河『豊臣兄弟!』で注目の舞台──「本能寺の変」豊臣秀吉・秀長が天下に羽ばたくきっかけに【前編】
[後編]では、本能寺の変にまつわる史跡をめぐった体験をもとにレポート風にお届けしましょう。
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いまも人々の崇敬を受ける光秀と亀岡市
明智光秀の居城・亀山城がある亀岡市へは、京都からJR嵯峨野線で約30分、車なら約1時間で到着します。亀岡は京都近郊の温泉地として知られ、湯ノ花温泉には全国から多くの観光客が訪れます。また、嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車の終点であり、保津川下りの起点としても親しまれている町です。
亀山城へは亀岡駅から徒歩10分ほど。深い堀と堅固な石垣が見られますが、これらの遺構は江戸時代、徳川家康の命により藤堂高虎が大規模な改修を行った際に整えられたものです。
光秀の時代の亀山城の中心部が現在の城跡のどこにあたるのか、正確な位置は分かっていませんが、この地に存在していたこと自体は確実とされています。
しかし、光秀が遺したものは、目に見える遺構だけではありません。光秀の城下町である亀岡や福知山では、古くから住民たちが光秀を深く敬愛してきたと言われています。これはひとえに、光秀が領主として善政を施したためです。光秀は領民への税の免除や、河川の氾濫を防ぐための河川改修などに積極的に取り組んだのです。
現在、亀山城内の見学には事前の申し込みが必要です。城内で見られる光秀ゆかりの史跡としては、本丸石垣の下に立つ大イチョウがあり、この木は光秀のお手植えの後継樹であると伝えられています。




