大河『豊臣兄弟!』主人公・豊臣秀長(仲野太賀)が「天下一の補佐役」と称されていた理由【前編】
来年1月4日(日)放送開始のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』は、2年ぶりに戦国時代をテーマにした作品です。
しかも「豊臣兄弟」と言いながら、主人公は秀吉ではなく、弟の秀長というところがコアな歴史好きの心を揺さぶりますね。
NHKの公式ホームページによると、豊臣秀長のプロフィールはこうあります。
「天下人・豊臣秀吉の弟。登場時の名は小一郎(こいちろう)。兄の天下取りを一途に支え続けた『天下一の補佐役』といわれている。」
そう、秀長をしてこの『天下一の補佐役』という言葉こそ、このドラマの核心であり、物語の主題であると考えられます。
今回はドラマの予習も兼ねて、なぜ秀長がこのように呼ばれるのかを2回に分けて考察[前編]では、秀長の生涯を簡単に振り返りながら、『天下一の補佐役』と称される理由を探っていきましょう。
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出生・前半生とも不明な点が多い豊臣兄弟
『豊臣兄弟!』の「兄」はもちろん、天下統一を成し遂げた豊臣秀吉(演:池松壮亮)。そして、「弟」はその異母弟・豊臣秀長(演:仲野太賀)です。
本稿では、秀長の生涯について詳しくは述べません。それは「ドラマでのお楽しみ」と言いたいところですが、実際のところ、彼の出生と前半生は不明な点が多いのです。
それは天下人となった兄の秀吉でさえ、出生にはさまざまな説があり、10代後半に織田信長(演:小栗旬)に仕えるまでの前半生については、確定的な史実がないと考えられています。
ただ誕生年としては、秀吉の生年が1536年(天文5年)または1537年(天文6年)とされることから、秀長はその3〜4年後、すなわち1540年(天文9年)頃の出生とみる説が一般的です。となると秀吉とは、3歳違いの弟ということになりますね。
また母親については、秀吉・秀長ともに仲(なか、後の大政所/演:坂井真紀)であることが確実ですが、父親については、秀吉が木下弥右衛門とされるのに対し、秀長は弥右衛門説と竹阿弥説があり、いずれも決定的な裏付けがないのです。
弥右衛門は、本当に木下姓であったのか、どこの生まれであったのかなどさまざまな説があり、その実像は判然としていません。身分も信長の父・織田信秀の足軽説、名主層の農民説、漂流民説などがあります。後に秀吉自身が、実父の名を抹消しようとしていることから、最下層に属する民衆の一人であったと考えるのが妥当のようです。
また、竹阿弥に関しても弥右衛門の死後、仲と結婚して秀長と旭が生まれたという説が一般的ですが、弥右衛門と同一人物ということも有力視されていて、こちらも史実的な確定ができないのです。



