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江戸最大の深川岡場所の花街に生きた「辰巳芸者」という“いき”のいい女たち【後編】

江戸最大の深川岡場所の花街に生きた「辰巳芸者」という“いき”のいい女たち【後編】:2ページ目

これぞ辰巳芸者の心意気

 

辰巳芸者の辰巳芸者たるエピソードがあります。

勝海舟の正妻は辰巳芸者で名前を“たみ”といいました。
勝は本所の生まれでしたから深川とは隣同士。たみを一目で辰巳芸者と気づきました。

以下は子母沢寛著『勝海舟』を参考にご紹介します。

勝がある梅園を一人で散歩していると、なんだか機を織る音がする。音がする方へなんとなく歩いていくと一軒の百姓家があり、障子の隙間から辰巳芸者のたみが糸車をひいているのが見えたのです。

勝が“辰巳芸者がこんな所で何事か”と尋ねると、その訳がいいんです。

それは正月のお座敷でのいざこざが原因で。
客は深川の火消のもの。その座敷で、ある三ん下の鳶人足が悪ふざけをした。
それが度を超して、杯洗に酒をついで、若いやさしい妓にこれを飲めという。
その妓がなんと詫びても許さない。とうとう口を割って注ぎ込もうとする。

それを見た、たみが、いきなりその三ん下の頬っぺたを殴りつけ、
盃洗をひったくってその酒を奴の頭からざーっと引っかぶせたのだ。

そして、その妓の手を引くとものも言わずに引き揚げてしまったという。
その詫びとして一年間お座敷に出ることができなくなり、叔母の家に身を寄せているという。

勝は『お前さん怖いんだねえ。そんな人足へ酒をぶっかけるなんて』と言ったというが、
これこそが辰巳芸者の心意気ってものなのです。

結局、勝とたみは夫婦となるのです。その先には妻妾同居という事態が待っているのですが、たみは自分の子も妾の子も別け隔てなくかわいがったといいます。

それも辰巳芸者の“意地の張り”かもしれませんが。

(完)

 

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