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『豊臣兄弟!』“いい人”の裏にあった汚れ役の真実…信長・秀吉の間を巧みに生きた丹羽長秀の生涯【前編】

『豊臣兄弟!』“いい人”の裏にあった汚れ役の真実…信長・秀吉の間を巧みに生きた丹羽長秀の生涯【前編】

信長が絶対的な信頼を置いた家老、通称「五郎左(ごろうざ)」。血気盛んな武将が多い家臣団の中で文武両道を実践し、織田家を支えた。

『豊臣兄弟!』における丹羽長秀のプロフィールです。長秀を演じる俳優・池田鉄洋(いけだてつひろ)さんのキャラクターもあるのでしょうが、SNS上では、「表情が面白い」「とてもいい人だ」「温厚で優しそう」などの意見が飛び交っています。

さらに、「地味だけど、出てくると視聴者を魅了する」と絶賛するファンも多く、大変な人気ぶりです。

今回は、そんな丹羽長秀の生きざまをダイジェストで紹介しながら、あまり知られてはいない嫡子・長重について、前編・後編の2回に分けてお話ししましょう。

[前編]では、丹羽長秀の生涯について紐解いていきます。

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信長から「友であり兄弟」と称された丹羽長秀

丹羽長秀(池田鉄洋)は1535年(天文4年)、丹羽長政の次男として、尾張国春日井郡児玉(現在の名古屋市西区)に生まれました。丹羽氏はもともと尾張国の守護・斯波氏に仕えていたとされ、父・長政の代に織田家に従属したと考えられています。

長秀が織田信長(小栗旬)に仕えたのは、父の死後とされ、16歳で小姓として出仕したと伝えられています。信長は長秀の1歳年上なので、ほぼ同年代でした。

この当時、信長の織田弾正忠家は、新たな局面を迎えていました。

それは、長らく敵対していた美濃の斎藤道三(麿赤兒)と、信長の父で当主の信秀が和睦し、道三の娘・帰蝶が正室として信長に嫁いだことです。

しかし、尾張国内では織田諸家が争うという分裂状態が続いていました。

こうした状況のなか、長秀は信長から「友とも兄弟とも思う」と言われるほどの信頼を獲得していくのです。

2ページ目 戦場でも政務でも活躍した文武両道の人

 

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