ウルトラタロウ、武蔵坊弁慶…それあり!?かなりビックリなキラキラ四股名の力士たち:2ページ目
い 一(かながしら はじめ)
昭和時代に存在した力士です。
「い」は「いろは歌」の最初の最初の仮名なので、そこから「い」と書いて「かながしら」と読ませることになったと思われます。
(画像出典:かつて「かな文字」は女性用だった?「かな文字」成り立ちの歴史と秘密に迫る)
ちなみに明治時代の大坂相撲には、「い 助治郎(かながしら すけじろう)」という力士も存在しました。
武蔵坊 弁慶(むさしぼう べんけい)
武蔵川部屋に所属していたハワイ出身の力士で、1987(昭和62)年9月に初土俵を踏みました。
後に横綱となる武蔵丸の先輩にあたり、素質は武蔵丸を上回るとまで言われ期待されましたが、結局日本の相撲界になじめず、早々に帰国してしまいました。最高位は序二段59枚目でした。
月ノ輪 熊之介(つきのわ くまのすけ)
錣山部屋所属の力士。気が優しく大人しい性格だったので「土俵上では熊のように荒々しくなれ!」という願いを込め、2005(平成17)年9月場所よりこの四股名を名乗りました。
その後は「寺尾鵬」「闘王富士」を経て、2016(平成28)年1月場所より「大海原」という四股名に改名しました。