腹切るくらい安いもの…山本権兵衛の政治使命と「臥薪嘗胆」エピソードを紹介:4ページ目
「たとえ命に代えてでも、日本のため、未来のために」
従道の発言に、動揺を隠せず権兵衛が訊ねます。
「……そいはおいに『死んで詫びよ』ちゅうこっでしょうか……じゃっどん、ないごて(しかし、なぜ)西郷さぁまで……」
軍艦建造に後れをとった責任なら、権兵衛一人が始末をつければよい話ですが……従道の真意は、別のところにありました。
「軍艦建造(ふねぇつくっ)予算の無かなら、有っとこから流用(まわ)せばよか」
つまり「海軍の予算を使途外流用せよ」と言っているのですが、それが出来たら苦労しません。
「そげんこつして、もし国会で追及され申(も)したら……」
「腹ァ切ればよか。そいで軍艦が出来っなら、安かもんじゃ」
「西郷さぁ……!」
寸毫の迷いもない従道の眼を見て、権兵衛は海軍大臣の本分と、自らの使命を思い出したのでした。
「そもそも、自分が海軍大臣に就任したのは何のためか?」
少しでも長くその地位に安住し、高い報酬を得て贅沢な暮らしを続けたいのか?……否!それとも万事つつがなく任期をまっとうし、安穏な老後を迎えたいのか?……否!
日本の未来を切り拓くため、ロシアに勝つこと。ロシアに勝てる強い海軍をつくること。そのために必要な、よい軍艦を建造(つく)ること。
この腹一つでそれが叶い、日本が守れるなら、罪を恐れる必要などない。堂々と成すべきことを成し遂げたなら、後に続く仲間たちを信じて、潔く死のう。
「西郷さぁ。おいは眼が覚め申した……建造(つく)り申そ。おいの命に代えてでも、日本のため、未来のために、よか軍艦を」
「おぅ、そん意気じゃ!」
……かくして権兵衛は決死の覚悟で予算を流用、建造した内の一隻こそ、『坂の上の雲』でも有名な戦艦・三笠(みかさ)。
「皇國ノ興廃、此ノ一戰ニ在リ(意:日本の運命はこの戦いで決まる)……」
三笠は連合艦隊の旗艦として対馬沖海戦(日本海海戦。明治三十八1905年5月26日~27日)でロシア海軍・バルチック艦隊を撃破、日露戦争の勝利に大きく貢献したのでした。
屈辱の「三国干渉」から十年越しの勝利でしたが、幸い権兵衛らが追及されることはなく、開戦前に亡くなった従道も、草葉の陰から喜んだことでしょう。
その後も権兵衛は首相になるなど活躍しますが、そのエピソードはまた改めて紹介したいと思います。