3月9日は「絵踏み」が廃止された日。なんと絵踏みはお正月行事で、踏絵には種類もあった
レミオロメンの楽曲のタイトルにもなっている3月9日。今から160年ほど前の3月9日に絵踏みが廃止されたことを知っている人は少ないはず。「キリシタン狩り」のために始められた絵踏みですが、踏絵には種類があったのをご存知でしょうか?
今日は知っているようで、実はあまり知られていない踏絵をご紹介します。
お正月後の恒例行事だった絵踏み
キリシタンをあぶり出すために行われたのが絵踏みであることは、多くの人がご存知ですよね。イエス・キリストや聖母マリアが彫られた銅板を踏む例のアレです。絵踏みが始められたのは寛永5年(1628)頃。長崎奉行の水野守信が始めたと言われています。
寛文年間(1661~1673)には年中行事化され、毎年1回、お正月後に行われていました。長崎奉行所の役人が踏絵を持って各家を回り、踏ませました。
以前、少しだけ絵踏みの紹介をさせていただきました。
集団処刑、熱湯漬け拷問…そして島原の乱、勃発。日本におけるキリシタン弾圧の歴史
日本で初めてのキリシタン弾圧「日本二十六聖人殉教事件」[caption id="attachment_73761" align="aligncenter" width="660"] 日本二十六聖人…
こちらで紹介したように、とりあえず踏絵を踏んで表向きは仏教徒を装い、内心ではキリスト教を信じる「潜伏キリシタン」が増えたため、次第に絵踏みの効果は無くなっていきました。