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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第30話:3ページ目
・・・・・・
目が覚めた。
豪華に花の絵をあしらった格子天井が、鮮やかに目に飛び込んでくる。
(どこだ、ここア。・・・・・・)
ここ最近味わったことのないふかふかの蒲団に包まれて、ひどく心地がいい。
「国芳はん」
惚れた女が、自分を覗きこんで目を潤ませている。
綺麗な女だ。
何度見ても、いつ見ても、美しい女だ。
「おみつ。・・・・・・」
喉が渇いて上手く声が出ず、抱き寄せたいのに腕が上がらない。
(ああ、そうか。わっちゃア渓斎英泉に勝負を挑んで、それで、・・・・・・)
「し、勝負は、」
どうなったか、と国芳は訊いた。
「勝ったんだよ。国芳はん。あんたの絵が、江戸の皆の心を動かしたんだよ」
みつは国芳の描いた絵のひとつを手に、興奮気味に語った。
「馬鹿、倒れるまでこんなに描いちゃって」
「心配すんな、ただの寝不足だ」
「あんたが死んだら元も子もないのにさ、国芳はんはほんに馬鹿」
「めえが笑ってくれるなら、わっちゃア馬鹿にでも何でもなるよ」
「・・・・・・っ」、
やつれ果てた国芳の微笑に、みつは堪えかねて涙をこぼした。
「本当は、嬉しい。今までで一番嬉しかった。一生忘れない道中になったよ。ありがとう」
みつはぼろぼろと泣きながら礼を言った。
「この絵、とっても面白い。いままで見た絵の中でいっち面白いよ」
「そうか」、
と国芳は言った。
「やっと、おみつが面白いと思ってくれたか」・・・・・・
薄いくちびるから、深い溜息のような、安堵の息が漏れた。
報われたのだ。
この女と出会ってから一年余り、この女の為だけに描いてきた国芳の思いは、この男の恋は、ようやく報われたのだ。
「この絵を掲げていた人たちは皆、国芳はんの友達?」
「も、いた。一門の兄さん達も来てくれた。だが、大半は両国橋の上で通りかかった名も知らねえ人達だ」
「両国橋・・・・・・」
「あすこにはいろんな人間が通る。どいつもこいつもろくでもねえ奴らばっかりだが、絵を描いていると誰彼となく寄ってきて、声を掛けてくれた。そいつら一人一人に出来上がった絵を渡してお願いしたのさ。八朔の道中の日に、わっちの描いたこの水滸伝の百八の豪傑を持って京町一丁目岡本屋の紫野花魁に見せてやっつくれって」
「それで皆、あの絵を持って本当に来てくれたの・・・・・・?」
「そうだ。この江戸ア、おみつ、皆あったけえよ」
「あたし、国芳はんが今まで歩いてきた道を一緒に歩いているみたいだった。しかもこれ、一つ一つすごく細かく描きこまれてる・・・・・・」
「おめえになら、見えると思ってな」
「え?」
「墨をたくさんの濃淡に磨り分けて、同じ色の中にも角度や光の加減で模様が浮かぶように描いた。正面摺りみてえなもんだな。おめえがくれた手ぬぐいが、そういうやり方もあるって事を教えてくれた」
「そっか、」
みつは濡れた目を甲で拭いながら言った。
「あたし、役に立てたんだ」
「役立つどころか、ぜエんぶ、めえのお陰だ。ガムシャラに描いたって駄目だ、工夫もしなきゃ、面白くねえって気づかせてくれたなア、おめえだよ」
ああそうだ、と国芳が懐から何か取り出した。
「これ、やるよ」
「なあに」
「わっちの父っつぁんが染めた布で作った掛け守り」
取り出したのは、細い鎖の先に小さな花色染めの御守り袋をつけた掛け守りだ。役者や火消し、職人などが下げる事の多いものだが、国芳も侠客ぶって常に首から下げていた。
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