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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第30話:2ページ目
「国芳もあーしと同んなじさ。あーしとこいつア、目指すは同んなじ梁山泊だ。江戸中の絵師が同じ場所を目指して、いつか一つに集結して面白い物をどんどん作って、江戸中に溢れるでっけえ笑い声で世の中をひっくり返してやる」
「国芳はんも?」
みつは覗き込むように英泉を見た。
「ああ。安心しろ」
英泉が僅かに口もとを緩めて微笑んだ。
「あーしが必ず、共にゆく」。
国芳を連れて。
英泉の言葉を聞いたみつは一瞬泣きそうな表情をし、それから滲むような笑顔で微笑った。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
両国橋の中腹。
国芳はひたすら絵を描いている。
橋の上で、食事も水も睡眠もろくに摂らず、昼も夜もなく描いている。
男の前には紙と幾つも並んだ絵皿、大小様々な筆。
それだけである。
月明かりを背に描いていると、向こうからいくつかの提灯の灯りがゆらゆらやって来た。どうせ岡場所帰りの酔っ払いだろうと特に気にも留めずに描き続けていると、提灯どもがわらわらとこちらへ近づいてきて、国芳の目の前でぴたりと止まった。
(?・・・・・・)
一人がしゃがんだと思うと、墨を溶いた絵皿の中に突然すぶりと指が差し込まれた。他の絵皿にも、ずぶり、ずぶり、ずぶり。
国芳が呆気にとられていると、
「お前、あれだけ荒い墨しか磨れなかったくせに、いつのまにこんなにいろんな墨を磨り分けられるようになった」
「あ?」
国芳はようやく認識した。
目の前の男は、兄弟子の国貞である。
「国貞の兄さん・・・・・・?わっちゃア夢を見てるのか」
「バアカ。夢は見るもんじゃねえ、描くもんだろうが」
「うわ、本物だ」
「うわじゃねえよ」
毒づく国貞から、ひょうたんにたっぷりの水が差し出された。
「水くれえ飲め。倒れるぞ」・・・・・・
(この人、本当に、国貞の兄さんか。)
国貞には厳格な印象ばかりが残っている。
国芳が狐につままれたような顔で目を凝らすと、
「芳。・・・・・・」
国貞の背後からひょっこり現れたのは国直だ。他にも、国安、国丸、多くの兄弟子たちが揃っていた。
「兄さんたち、皆揃ってどうしたってんでい」
「可愛い芳坊があの渓斎英泉と絵の大勝負するってんで、俺ア居ても立っても居られねえで、誘い合わせて来ちまったんだよ」
国直が持ってきた差し入れをどさりと置いた。
「しっかし本当に噂通り、両国橋の上で一日中描いてるとはな。酔狂にもほどがあるぜ弟よ」
国安が楽しそうに言った。
「さすがは、俺たちの末っ子だな」
「お前」、
国貞が狐のような目で言った。
「絶対あの偏屈エイセンに負けんな。歌川の名にかけて」。
ああ、それが言いたかったのか、と国芳は納得した。国貞と英泉は犬猿の仲なのである。
「おう、ありがとよ。そういや英泉がやたら国貞の兄さんの事嫌ってたが、兄さんも英泉が嫌えなんだよな」
「大嫌えだ。あいつア俺の丸パクリだ」
「英泉も同じ事オ言ってやしたよ」
両国橋の上で、小さな笑いが起こった。
「本当はナカいいんじゃねえの、兄さんとエイセン」
「てめえ、次言ったらしばくぜ」
からかった国丸がヒイと震え上がった。
「まあ、何にせよ俺たちゃ芳を応援してるぜ。何しろおめえは俺たち歌川派の一番最後の夢だからな」
「それにしても、家で描いた方がいいたア思うがな。なんでこんなとこで描いてんだ」
「それア違えよ、兄さん。両国橋(ここ)だから描けるんだ。この両国橋の上は、《江戸》そのものだ。この場所だからこそ、わっちみてえなふらふらにも、英泉に負けねえもんが描けるんだ」。
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