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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第26話
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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第25話
前回の第24話はこちら[insert_post id=82554]◾文政八年 初夏まっさらな紙の上を、漆黒の筆先が滑る。緩やかな曲線、かと思えば突然、かっと威勢の…
■文政八年 玉菊灯籠の夏(1)
「花魁」
暗い部屋で二人きり、佐吉が哀しい目をしてみつを呼んだ。
「ごめん、おいらア、もう会えねえ」
なんで、と訊こうとした時、佐吉がくるりと背を向けて着物を床に散らした。
闇に浮かんだ男の白い背中を見て、みつは思わず呼吸(いき)を呑んだ。
男の広い背中一面に禍々しい大きな龍が一頭わだかまって、じっとこちらを睨めつけている。
「触って、」
と佐吉が言った。
「花魁のために、こいつはここに宿ったんだから」
みつは恐る恐る手を延べた。
細い指先がひしめく龍鱗に触れた瞬間、龍の絵がばりばりと音を立てて背中から剥離し、あっという間に空間に立ち昇った。龍は不思議な光を宿した目でみつを一瞥すると、みつを攫って窓を突き破り、果てしない江戸の夜空を巻き上げる青嵐のように高く遠く躍り出た。
みつは振り落とされまいと、必死に龍の身体にしがみついた。
雲よりも高く空よりも広い大気の中を、龍とみつは稲妻のごとく疾駆した。玻璃の花びらのような龍鱗の一つ一つがザアアッと風に逆立ち、不思議な光彩を放った。みつの目は十数年ぶりに廓の外の、江戸の町を映していた。
「あんた、どこに行くの」
みつは遥か下に江戸の町を望みながら、叫ぶようにして呼びかけた。
巨大な龍は何一つ答えずに、名前もない大空の狭間を真っ直ぐ貫き続ける。
「まあいいか、」
とみつは独りごちた。
どこでも、いいか。
「あんたと一緒なら、どこへでも飛んでゆける気がする」
ねえ、
「国芳はん」。・・・・・・
みつが微笑み、二人は爽やかな甘酸っぱい夏の匂いの只中にドボンと頭から飛び込んだ。
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