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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第26話:3ページ目
湯から上がって岡本屋に戻ると、飼い猫のぶちが擦り寄ってきた。抱き寄せると、首輪に何か文が付いている。
慌てて開くと、男の字で「十三日、忍ぶ」と書かれていた。右下には小さく七夕の笹の絵が添えられている。
「ぶち、これ、どこで!?」
訊いても、ぶちはにゃあと鳴くだけだ。もしかするとぶちはみつの見たこともない吉原の外の世界にまで出掛けているのかも知れない。
(国芳はんだ・・・・・・!)
喜びのあまりぶちを抱きしめると、ぶちは嫌がって爪を立てて腕の中から逃げ出した。
・・・・・・
少しすると、国芳が文に描いたような七夕の笹が吉原じゅうの女郎屋の屋根に立てられた。
青い空に届きそうなほど高く長い笹である。飾りは色紙で作った網飾りや吹き流し、客を招くという験担ぎの扇、または吉原の路傍のそこかしこに生えている鬼灯(ほおずき)の実を数珠つなぎにしたものなどだ。もちろん願い事の短冊も飾ったが、吉原は吉原らしく、短冊には好きな男または一番懇意にしている客の名をしたためる。みつが暮らす京町一丁目の岡本屋も、例に漏れず七月六日の夜中に屋根に笹を立てた。
「姐さん、姐さん」
七日の昼四つ時(午前十時)、岡本屋の花魁部屋では子どもたちがみつのまわりでうるさく囀っている。
みつは花魁のくせに姉女郎の中で一等気さくでちっとも怒らないから、禿(かむろ)やらまだ幼い見習い女郎たちがひどく懐いて、袖を引いたり膝の上に乗って来たりと常にみつにまとわりついてくる。
「なあに、どうしたの」
「姐さん、好きな人が出来たんでござんしょう」
まだ八つか九つの子どもたちが誰に吹き込まれたのか、ませた口ぶりでにこにこ言う。
「まあ、誰に聞いたの」
みつが目を丸くすると、誰にも、と子どもたちは首を振った。
「だって、知らない殿方のお名前がありんしたもの。・・・・・・」
そう言って小さな指が差したのは連子窓の外、空高くあがった七夕の青笹である。
「まあ、この子達ときたらいちいち一枚ずつ姐さんたちの書いた短冊を読んだのかえ。そんな暇どこにあるのかしら。・・・あら、おりんももう字が読めるの?」
岡本屋で一等年齢の幼い六つのりんも、生え替わりで前歯の抜けたひょうきんな顔でにいっと笑った。
子どもたちの言う通り、今年の短冊には正直に歌川国芳の名を書いた。
去年は気が引けて書けなかったが自分でも始末に困る想いが日に日に募って、今年はついに神仏どころかまじないめいた七夕の短冊にまで願ってしまった。
みつは子どもたちと目線を合わせ、それぞれの顔を見ながら、
「皆、毎朝神棚の神様に、手を合わせてご唱和するでしょう?」
「あい」
「その時に、心の中であたしがその人と上手く行きますようにって、お願いしてくれる?」
子どもたちは全員顔を見合わせて、嬉しそうに何度も頷いた。ここに寝食する子どもたちは毎日、姉女郎の惚れた腫れたの話を肴に美味しい美味しいと米をかきこむくらいだから、こんな事を頼まれると俄然張り切ってしまう。廓育ちのみつは、勿論その事をよく知っている。
「もしも上手く行ったら、皆いんなにべっ甲の簪買ってあげる。ね?だからこの事は他の姐さんには内緒だからね」
子どもたちは、何か重要な仕事を仰せつかったような表情で、あい、とあどけない返事をした。
トップ画像:歌川広重「市中繁栄七夕祭」Wikipediaより
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