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これって妖怪の仕業?あなたの身近にいる珍しい妖怪あれこれ紹介!

これって妖怪の仕業?あなたの身近にいる珍しい妖怪あれこれ紹介!

幽谷響(やまびこ。別名:山彦、谺、呼子など)

鳥山石燕『画図百鬼夜行』より、山頂の幽谷響。安永五1776年

「ヤーッホー!……」

子供の頃、遠足で山に行くと必ず叫んでいた記憶があります。

現代では山の地形によって音が反響することくらい誰でも知っていますが、昔の人は山の向こう側に「幽谷響」がいて、同じ言葉を投げ返していたと信じました。

その姿は犬のようだったり猿のようだったり、あるいは子供のようだったりと様々で、その別名にもあるように、谺(こだま)=木霊つまり山に繁る木々の精霊だとも信じられました。

また、まったく同じ言葉をすぐに返せるのはこっちの心を先読みしているからだ、とも考えられ、覚(さとり)という相手の心が読める妖怪と同一視される事もあります。

自分の発した言葉は、そのまま自分に返って来る。

幽谷響は「相手に対する思いやりが、いつか自分のためになる」ことを教えてくれているのかも知れません。

九十九神(つくもがみ。別名:付喪神など)

室町時代『百鬼夜行絵巻』(作者不詳)より。杖の馬に乗った古草鞋の妖怪と、同行する破れ傘の妖怪。右端の子は友情出演。

昔から「モノは百年使い続けると魂が宿り、神様になる」と言われ、一度神様になってしまうと、祟られないよう丁重にお祀りせねばなりません。

昔の人も「そんなの面倒くさい」と思ったようで、それじゃあ九十九年で捨てれば面倒がない、と捨てられたモノたちが、神様になれなかった悔しさと、散々使い倒しておいてロクに感謝もされない怨みから化けたものです。

室町時代の『付喪神絵巻』によれば、年末の大掃除で捨てられたモノたちが節分の夜に化けて一揆を起こし、夜な夜な京都の白河あたりに出没して人畜を殺し回りますが、最後は退治されて改心し、仏道に帰依する物語となっています。

我が国には古くから(そして、今も)八百万の神様がいらっしゃいますが、モノにも魂があり、あまり粗末に扱うと、必ず「その報いがくる」ことを教えてくれます。

4ページ目 狐の嫁入り

 

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