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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第17話:2ページ目
みつは思った。
嘘でもいい。
夢物語でもいっそ、構わなかった。
誰かがこんな言葉をくれる瞬間を、どれほど待っただろう。
十数年間もがいていた真っ黒な泥濘(どろ)の中から、今ようやく解き放たれたような気がした。
これからはどんな時も、国芳が傍にいる。
二人は、互いを掻き抱いた。
「おみつ」、
国芳は玻璃に触れるような優しい手つきで女のまとう小袖に触れ、
「この小袖、たんぽぽと同じ色だ」
と言った。
みつは濡れた睫毛を上げた。
装いは花七宝の小袖、その上の長羽織は丹念な仕立ての総絞り。どちらも陽光で染めたような温かな薄黄色が、よく似合っていた。
「岡本屋のお内儀がめえに似合うと選んでくだすったんだ。おみつ」、
国芳はみつの手を取った。
「たんぽぽの色オ見せてやらア。目エ、閉じねエ」
みつはそっと目を閉じた。ふっくらとしたまぶたが、桜貝のように色づいて美しい。色のない世界に生きながら、なんと美しい色を持って生まれてきた女だろうと国芳は思った。
国芳は掴んだみつの細手首を、空に向かって突き出した。みつの繊手が陽光を受けて白く透きとおった。
「お天道さまに手のひらをかざすと、手に光が降ってくるだろう」、
「うん」
ほとんど避けるようにしてきた陽の温もりが、美しい輪を描いて手のひらにきらきらと降りて来るのが伝わった。
「あったかくて、心にぽかぽか元気が湧いてきて、笑顔になって、思いっ切り野ッ原を駆け回りたくなるだろ」、
「うん」
「そんな色だよ。たんぽぽは」
国芳は他の誰にも見せない優しい表情で、優しい声音でみつを包み込んだ。
「おみつの、色だ」。
その瞬間。
その瞬間だけ、みつの閉じた瞼の裏に色が溢れた。
少女は、美しい野原にいた。
柔らかな陽射しが雨のように草花をぬらし、若草は金緑に輝く。
幾千もの黄色い花の海が渺々と広がり、綿毛が風に舞うその中を、燃えるような緋色のべべを着た小さなみつが大勢の子どもたちと一緒にはだしで駆け回っていた。手には凧糸、透きとおる露草色の空には極彩の凧がたなびく美しい風景。・・・・・・
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