手洗いをしっかりしよう!Japaaan

【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第4話

【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第4話

辺りはすっかり昏(くら)くなり、空に白い月が昇った。

みつのこまねくままについて行くと、京町二丁目の掛け行燈の裏通りを入りひっそりと目立たない桐屋という裏茶屋に着いた。紺地に桐紋を白く抜いた半のれんをくぐると、余程の馴染みなのか、見世の者はみつの顔を見るなり何も言わずに二階に上げた。みつの事を子どものようだと思っていた男は、

(子どもがこんな場所知る訳ねえな)

と多少面食らった。それからは、先導するみつの腰のしなやかさがやけに目に付き始めて、思わず視線を外した。建物を見回せば、障子一つ取っても麻の葉組という具合の乙粋な造りだったから、男の気は少なからずまぎれた。

奥の間に入ると、特別広くはないが、四角い青竹の連子窓から月影の透ける、雅致のある部屋であった。

障子をすうっと閉め呼吸を置く。

小柄なみつが国芳を見上げた。

「くち、吸って」

男はみつの小さな身体を手繰り寄せ、淡い花びらに自分のそれを重ね合わせた。

 立て屏風の向こうの、燃える緋色の布団の上に縺れるように倒れ込んだ後、下に組み敷かれたみつがふと長い睫毛を上げた。

「ねえ、あんた、名前は」

濡れたような美しい薄墨の瞳で、女は訊いた。

「国芳」。

男は手を止め、はにかみながら答えた。

それから初めて、白い歯を見せて笑った。

「歌川国芳だ」。・・・・・・

この短い逢瀬の後、みつはあれだけつまらないと言っていた国芳の凧を大事そうに両手に抱き締め、京町一丁目の木戸門の向こうに帰って行った。

「岡本屋」という立派な屋号の門を潜る直前に一度だけ振り返った小さな笑顔が、見送る国芳の胸を熱くした。

吉原遊廓の知識についてはこちら↓

吉原はどんな場所だったの?江戸時代の見取り図や浮世絵で吉原遊廓をご案内

江戸時代の幕府公認遊廓、吉原。ひとくちに吉原といっても、江戸時代初期に日本橋にあった元吉原、1657年の明暦の大火後に浅草の裏手に移動してからの新吉原の2つあり、落語などに出てくる「吉原」はたいてい新…

少女〜吉原を知り尽くす姐さんまで。吉原遊廓にいた花魁とその周りの女郎たち

前回は吉原遊廓で働く人々をご紹介しましたが、今回は花魁とその周りの女郎たちにフォーカスしてみましょう。[insert_post id=70896]花魁江戸時代後期以降の吉原遊廓では、最高級…

江戸時代の吉原遊廓の幼い少女たち「禿(かむろ)」が一人前に女郎デビューするまで

過去何度かに渡って吉原遊廓の風俗をご紹介してきましたが、今回は吉原遊廓にいる幼い禿(かむろ)が女郎になるまでをご紹介します。これまでの記事[insert_post id=70753][inse…

掲載画像:筆者

 

RELATED 関連する記事