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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第4話:3ページ目
辺りはすっかり昏(くら)くなり、空に白い月が昇った。
みつのこまねくままについて行くと、京町二丁目の掛け行燈の裏通りを入りひっそりと目立たない桐屋という裏茶屋に着いた。紺地に桐紋を白く抜いた半のれんをくぐると、余程の馴染みなのか、見世の者はみつの顔を見るなり何も言わずに二階に上げた。みつの事を子どものようだと思っていた男は、
(子どもがこんな場所知る訳ねえな)
と多少面食らった。それからは、先導するみつの腰のしなやかさがやけに目に付き始めて、思わず視線を外した。建物を見回せば、障子一つ取っても麻の葉組という具合の乙粋な造りだったから、男の気は少なからずまぎれた。
奥の間に入ると、特別広くはないが、四角い青竹の連子窓から月影の透ける、雅致のある部屋であった。
障子をすうっと閉め呼吸を置く。
小柄なみつが国芳を見上げた。
「くち、吸って」
男はみつの小さな身体を手繰り寄せ、淡い花びらに自分のそれを重ね合わせた。
立て屏風の向こうの、燃える緋色の布団の上に縺れるように倒れ込んだ後、下に組み敷かれたみつがふと長い睫毛を上げた。
「ねえ、あんた、名前は」
濡れたような美しい薄墨の瞳で、女は訊いた。
「国芳」。
男は手を止め、はにかみながら答えた。
それから初めて、白い歯を見せて笑った。
「歌川国芳だ」。・・・・・・
この短い逢瀬の後、みつはあれだけつまらないと言っていた国芳の凧を大事そうに両手に抱き締め、京町一丁目の木戸門の向こうに帰って行った。
「岡本屋」という立派な屋号の門を潜る直前に一度だけ振り返った小さな笑顔が、見送る国芳の胸を熱くした。
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