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【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第4話

【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第4話

男が慌てて瞬きすると、少女がぱっと女に戻った。そよぐまつげに縁取られた、薄墨の目だけが変わらない。少女の目のまま大人にならなければならなかった女の淋しい微笑を見て、男の胸は詰まった。

女はそんな男の顔を見て、慌てて話を変えた。

「あんた、いつもさ、子どもに何か言い聞かせてから凧を渡しているでしょう。あれ、なんて言っているの」

「あれア、約束だ」

「約束」

「凧を買った子どもとな。どんな事があっても、負けそうな日も、絶対諦めちゃいけねえって。今日は駄目でも、明日はきっとこの凧を飛ばしてくれと。情けねえけど、子どもというより手前に言い聞かせてるようなもんさ」

「そっか」、

女は睫毛を上げた。

「毎年約束しに来てくれて、ありがとう」。

その小さな顔いっぱいにくしゃくしゃの笑顔が広がった瞬間、男は自分がどこか高い場所からとおんと落っこちて、陽だまりの好い香りのする野原の草花にふわりと包まれた気がした。

「姐さんあんた、どこの女だえ」

「京町一丁目の・・・・・・」

「そうじゃなくて、生まれは」

「なに言ってんの。生まれた時から、この廓内(なか)だよ」

「そっか。廓内の女はたぶん皆、あんたと同じくれえ心が綺麗なんだな」

「あたし、・・・・・・そんなんじゃないって」

男が女の目をまっすぐ見つめて言うものだから、女は顔を赤くした。

「名前は」

なんて言うんだい、と男が訊くと、女は一瞬羞らって下を向いてから、

「・・・・・・みつ」。

日向に咲く花のように、ぱっと顔を上げ明るく笑った。

 「あんた、たんぽぽみてえだな」

「何ぽぽ?」

男は思わず噴き出した。花魁といえば諸芸全般のみならず漢学までたしなむと聞くが、こんな簡単な路傍の花の名を知らないらしい。

「いや。今度春が来たら、教えてやるよ」

みつのふっくりと可愛らしい額のかたちを確かめるように指先で突いた。

「なあおみつ、時間あるか」

「うん。うちの見世、今日は仕舞日だから」

空いてるよ、と女は言った。

「そうしたら、今から裏茶屋に行かねえか」

「あたしは刺青しないよ?」

「そうじゃねえ。もっと良い事しねえかっつってんだ」

「やだ」、

みつは睫毛の濃い目をまんまるにして、

「あたし、そっちは大得意よ」。

人差し指を唇の前に立て、いたずら好きの少女のように、きひひっと笑った。

 

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