近年の歌川国芳ブームは皆さまご存知のところですが、江戸時代でも今に負けないほどの国芳フィーバーだったようです。歌川国芳は三十代まで鳴かず飛ばずで苦労しましたが、水滸伝シリーズで花開いた遅咲きの絵師。
水滸伝シリーズで一躍人気者となった国芳は、なんと自分の名前の一部「よし」を題材にした作品を残しています。国芳の名が広く知られ、作品だけでなく本人のファンが増えたという証拠でしょう。
その絵がなんとも国芳のカラッと明るい性格を表していて、素晴らしいのです。
それがこちら。
「浮世よしづ久志」…良しづくし、だなんて、絵の名前からして良いことがたくさん並んでいそうな気配がします。右上に添えられた歌が、この絵に描かれていることを言い表しています。
「人の身の 良し悪し話 よしにして なんでもかでも ずっとよしよし」
人のウワサ話はやめよう、なんでも良いんだよ、ずっと良いんだよ。
細かいことは気にしない、とてもおおらかな歌が、江戸っ子たちだけでなく私たち現代人の悩みをも笑い飛ばしてくれます。句には名前が添えられていませんが、国芳自身が詠んだものでしょうか。
再び絵に視線を戻すと、中央の「よし」という大きな文字をたくさんの人が取り囲んでいますが、全員幸せな人たちばかりです。赤ちゃんは「きげんがよし」、微笑む美人に男性が肩をポンと叩かれて「夢でもよし」、真面目に手を揃えて待つ人は「しんぼうがよし」、勉強熱心な人には「心がけがよし」・・・。国芳は老若男女あらゆる人の良いところを探し出して、褒め讃えます。
実はシャイな国芳本人が、すみっこに居ます。
花押の芳桐紋の着物に、猫一匹。国「よし」が猫を「よしよし」しています。後ろ姿だけで顔は絶対に見せない、いつも飾らない国芳スタイルです。
浮世絵師史上最も弟子に愛された国芳。若き日に豊国門下で落ちこぼれていた国芳は、どんな弟子の事も大切にした褒め上手だったのかもしれません。国芳はこの「浮世よしづ久志」を通して、どんな人にも必ず良いところがある事を伝えてくれます。