【ブラッサム】秋山格之介(高良健吾)のモデルは芥川龍之介!史実では宇野千代が短編小説のモデルに:2ページ目
帝大在学中に『羅生門』を発表した芥川
NHK「ブラッサム」の公式サイトでは、秋山格之介の人物紹介は、
鋭い洞察と独自の感性で名を馳(は)せる文壇の寵児(ちょうじ)。代表作に『羅城門』『蜘蛛の巣』など。
と紹介。モデルについて言及はしていないものの、どう考えても『羅生門』『蜘蛛の糸』を書いた芥川龍之介がモデルです。
芥川龍之介は、明治25年(1892)東京生まれ。子供の頃から優秀な成績を収め第一高等学校から、超難関の東京帝国大学(現在の東大)文科大学英文学科に進学しました。
在学中の大正3年(1914)には、クラスメイトの菊池寛、久米正雄らと同人誌第3次『新思潮』を刊行。廃刊するまでに、処女小説『老年』を発表して作家活動をスタートしました。
かの有名な代表作『羅生門』を芥川龍之介の名前で発表したのは、大正4年(1915)のことです。その後、大正5年(1916)第4次『新思潮』を発刊し、そこに掲載した『鼻』が、夏目漱石に大絶賛されました。
同年、帝大の文科大学英文学科を20人中2番目の成績で卒業、海軍機関学校の嘱託教官(担当は英語)として教鞭を執るかたわら、創作に励んだのでした。
宇野千代と出会ったのはこの頃かと思われます。
実際、千代が京都で同棲していた従兄・藤村忠が帝国大学に進学したため、共に上京したのが、大正6年(1917)です。
ドラマ同様に、本郷の洋食屋『燕楽軒』でウエイトレスのアルバイトをしている時に、編集者・滝田樗陰(※)が連れてきた芥川龍之介と出会いました。
※ドラマでは滝田樗陰は『首都公論』の敏腕編集長・黒崎(遠藤憲一)として登場。
写真集がでるほどの美男子だった芥川龍之介
『燕楽軒』でのアルバイトは、宇野千代の人生を大きく変えました。
当時、芥川龍之介は、非常に「男前」「美男子」としても有名で、日本近代文学館からは『芥川龍之介写真集』も出版されたほどでした。
かたや、宇野千代は『燕楽軒』でアルバイト中、その美しさで『本郷のクイーン』と呼ばれたほどの人気者。
美男子&美女の二人が出会ったのに、意外と千代と龍之介との間に恋愛めいた話は見つからないようです。
この当時、千代は同時期に滝田樗陰が連れてきた同い年の今東光とのほうが仲良しでした。東光はまだ文士とも画家とも呼べるほどではありませんでした。
その頃の今東光は絶世の美少年であった。(『生きていく私』角川文庫)
東光は千代が仕事が終わりまで待ち家まで送っていったり、散歩をしたりそうです。
ある日二人で町を歩いている時のこと。千代は、八百屋の店頭で売っていた“一束二銭の葱”の安さに目を止め思わず購入しました。
恋を語り合っても好い若い男と女の散歩の途中で、この女は葱を買った、東光はそう思ったのかも知れない。(『生きていく私』角川文庫)
美少年と疑似恋愛ムードを楽しみつつも、やはり「安い葱」を見ると美女の仮面は剥がれ落ち、現実的な“主婦の顔“がひょいっと現れる……共感するエピソードです。
この話は、後日東光が芥川龍之介に話したのか、短編『葱』になったようです。
3ページ目 デート中「安い!と葱を買う千代から生まれた短編『葱』

