【豊臣兄弟!】松下洸平が魅せた“家康の野望”と本音!数正との感動再会、見事な伏線回収を考察:2ページ目
薬草・薬品好きで健康オタクだった家康
家康の好きな「薬草集め……」は、史実としても有名です。
一例を挙げると、
⚫︎駿府に『御薬園』を2箇所設けた。一つは安倍郡北安東村(現静岡市葵区付近)で約4373坪の広さに115種類ほどの薬草を栽培、もう一つは久能山下にあった。(『駿国雑志』阿部正信 天保14年)
⚫︎慶長12年(1607)に献上された『本草綱目』(ほんぞうこうもく/中国の百科全書的な本草書)を、座右の銘として愛読。
⚫︎中国の医薬書『医林集要』を愛読。この本を参考に「八ノ字」(八ノ滋)という丸薬を作って服用。
ほか様々な記録があるようです。
第34回『最強のライバル』でのこと。
家康が「これは毒草だから覚えておくように」と、幼子の秀忠に教えていた場面が蘇りました。
だから「武家の頂に登りたかった」家康
逆に、家康に「一番辛かったことは?」と問われた秀長。
友人を野盗に殺されたこと、許嫁だった直(白石聖)が争いに巻き込まれ殺されたこと、可愛い息子・与一郎(大西利空)も戦で失ったこと……を率直に話しました。
「愛する大切な存在を守れなかった」だから「戦ごときに大事なもん奪われてたまるか!」と、感情を迸らせる秀長。
家康の脳裏に、妻も息子も亡くした場面が思い浮かびます。つい共鳴しそうになる自分の感情を抑制するかのように表情が歪む姿が印象的でした。
大切なものは「他人によって奪われた」と思っていたから「武家の頂に登りたかった」と答えた家康。
それに対し「戦で無駄に人が死ぬのは嫌だ。皆で文句を言い合いながら寿命をまっとうし、笑える世の中を作りたい」と、言う秀長。
秀長の話は史実ではありませんが、家康の話は史実でもあったこと。フィクションと史実を混ぜつつ、家康が秀吉の臣下になる導入になりましたね。
「自分はもう何も奪われたくないから武家の頂に登ろうと思ったが、天下人になり“戦を無くす”発想はなかった」と家康が、豊臣ビジョンの前に心が動いた様子が描かれていました。
第34回『最強のライバル』で、大号泣するまだ若い家康の手を握り、
「奪われたくなければ奪う側になるしかありません……あなた様が武家の頂に立つのです」
という場面は、ここの伏線になっていたのですね。


