『豊臣兄弟!』吉岡秀隆演じる千利休にとって茶室こそ戦場…美学が凝縮された「侘び茶」の世界とは:2ページ目
そもそも茶室とは何なのか?
では、利休の「戦場」ともいえる茶室とは、どのようなものなのでしょうか。
簡単に言えば、茶室は主人や亭主が茶を点て、客をもてなすための空間ということになります。
茶の湯のための専用空間は室町時代から発展したと考えられています。当初は書斎や居間などの一部を屏風などで囲い、茶席として利用していたようです。
そのため当時は、茶湯座敷、数寄屋(すきや)、囲(かこい)などと呼ばれており、「茶室」という言葉が一般化したのは、後の時代のこととされています。
侘び茶を大成した利休に対して、その祖とされる村田珠光。しかし、珠光が造ったとされる茶室は現存していません。
利休の高弟・山上宗二(やまのうえそうじ)は、『山上宗二記』のなかで、「珠光は四畳半、引拙は六畳敷なり」と記しています。
この記述から、珠光の時代に現在のような独立した茶室がどのような形で存在していたのかを具体的に知ることは難しいでしょう。
ただ、この頃から茶の湯のための空間が日常の生活空間とは異なる、非日常的な場として意識されていたことはうかがえます。
そしてその精神が、後の茶室へと受け継がれていったのは間違いないと思われます。
