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『豊臣兄弟!』ついに「秀長」誕生!織田信雄のその後、丹羽長秀の最期は?第35回「小牧・長久手の戦い」深堀り

『豊臣兄弟!』ついに「秀長」誕生!織田信雄のその後、丹羽長秀の最期は?第35回「小牧・長久手の戦い」深堀り:3ページ目

すべてを失った織田信雄その後

家康と組んだら土木作業に従事させられ、秀吉と和睦したら「これからもわしのために働いて、ちょ」と見下され……独りひょっとこの面をかぶり、自ら殺してしまった津川雄光(早瀬栄之丞)を偲ぶ信雄。すべてを失って初めて、雄光の忠義を思い知ったようです。

かくして秀吉の軍門に屈した信雄ですが、織田家の威光はいまだ健在でした。後に秀吉が関白となった豊臣政権下では織田内大臣として、序列では秀吉に次ぎ小一郎や家康を上回っています。

後に秀吉が天下一統を果たすと、信雄に駿河・遠江・三河・甲斐・信濃5ヶ国への国替えを命じました。すると信雄は不満を漏らしたため、出羽国(秋田県)へ追放されてしまったそうです。

やがて家康のとりなしで帰還が許され、秀吉の御伽衆(おとぎしゅう)として近侍しました。その後も波瀾万丈の生涯をたどり、江戸時代の寛永7年(1630年)4月30日に73歳で世を去ったということです。

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滝川一益は越前に行った?

かつて賤ヶ岳の戦いで最後まで秀吉に抵抗したものの、軍門に屈した滝川一益(猪塚健太)は、出家・剃髪していました。

そして越前の丹羽長秀に預けられていましたが、その後も茶会に秀吉を招いたり、東国方面の外交を担ったりなど活躍しています。

小牧・長久手の戦いでは秀吉に与し、信雄方であった九鬼嘉隆(くき よしたか)や前田長定(まえだ ながさだ)らの調略や蟹江城の奪取など武功を立てました。

しかし奪った城を奪還されて命からがら逃げ帰った一益は再び隠居し、天正14年(1586年)9月9日に越前国で世を去ったと言います。享年62歳。

劇中では丹羽長秀から「越前に来い」と誘われていましたが、あれは「また来てくれよ」というニュアンスだったのでしょう。

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4ページ目 丹羽長秀の最期、秀長へ改名した小一郎

 

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