全裸で晒されても止まらない…江戸の男女を狂わせた「心中ブーム」の異常すぎる熱狂と幕府の苦悩:3ページ目
ブームの終焉と変遷|吉原の「粋」の美意識と生活苦による情死
しかし流行なんて所詮は流行で、いずれ去るものです。大阪では享保5年(1720)ごろから心中ブームも下火になっていきました。
その後は、江戸で心中が目立つようになります。特に吉原の遊女と客の心中が多く、同性による心中もあったとされています。
上方文化が江戸へ広がったことで、心中をめぐる風潮も時間差をともなって伝わったのでしょう。
しかしこれも長続きはしませんでした。やがて町人文化が江戸に定着すると、吉原では「粋」や「張り」の概念が重視されるようになります。
そのため心中は次第に不粋で陰惨なものと見られるようになり、自然に減っていったのです。
とはいえやっぱり心中そのものがなくなることはなく、文化・文政年間から幕末にかけては、遊里以外での心中が増えました。その理由として最も多かったのは経済的な理由による生活苦だったようです。
江戸時代の心中事情に関して、下記記事でも詳しく紹介しています。
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参考資料:樋口清之『日本史探訪 もう一つの歴史をつくった女たち』ごま書房新社、2025年
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