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なぜ織田信長らは「欠点だらけの火縄銃」を欲しがったのか? 弱点だらけの新兵器が戦の常識を変えた理由

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火縄銃の弾丸にはなぜ「鉛」が使われたのか

ここでもう一つ、鉄砲についての逸話をお話ししましょう。戦国時代、現代の銃と同じように火縄銃の弾丸には鉛が用いられました。

戦国時代の火縄銃の銃身内部は、ライフリングが施されていない滑腔銃身のため、鉛の丸弾が使われました。

鉛には融点が低いという特徴があり、加工が容易で丸い形状の弾がつくりやすかったのです。また、鉛がほかの金属と比べて比較的安価であったことも鉛が用いられた理由のようです。

さらにこの鉛の特徴を活かし、戦場に落ちている弾丸を拾い集め、溶かして再加工すれば再び弾丸の材料として利用することも可能でした。このように鉛の丸弾は、扱いやすさとコスト面の双方に優れた、火縄銃の弾丸に適した素材であったといえます。

火縄銃と言うと、幕末以降にヨーロッパからもたらされた新式銃と比べいかにも時代遅れの産物のように感じられます。

しかし、火縄銃は戦国の戦いに革命をもたらした、まさに画期的な新兵器だったのです。

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※参考文献
宇田川武久著 『鉄炮伝来――兵器が語る近世の誕生』 講談社学術文庫

 

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