なぜ織田信長らは「欠点だらけの火縄銃」を欲しがったのか? 弱点だらけの新兵器が戦の常識を変えた理由:2ページ目
火縄銃の威力と意外な弱点
弓の有効射程が最大約100メートルとすると、新兵器である火縄銃の有効射程距離は、いったいどの程度だったのでしょうか。基本的に、火縄銃から放たれた弾丸そのものは、700~800メートルほど飛んだとされています。
しかし、実際に人に命中し致命傷を負わせることができた距離は、弓同様におよそ100メートル前後であったといわれています。
ただ同じ100メートルでも、鉄砲には甲冑を貫くほどの威力がありました。その威力が、合戦の様相を大きく変貌させたのです。
ただ、火縄銃には弱点もあります。点火装置である火縄の扱いが難しかったことと、いったん弾丸を発射すると、次の一発を撃つまでに手間と時間を要したことでした。
当時の鉄砲は先込め式のため、弾丸を装填する際に銃身を立て、銃口を上に向けなければなりません。こうした作業を低い姿勢で行うことは困難で、どうしても敵に自分の身体を晒すことになります。
また、数回発射するたびに、洗い矢を銃口から差し込み、銃身内にこびりついた火薬の残滓を掃除しなければなりません。そのうえで、発射薬である胴薬と弾丸をあらためて装填する必要がありました。
その結果、敵からの銃撃や弓矢で狙われる危険性が高まるとともに、高速で移動する騎馬隊を捕らえるのが困難であったのです。
このような欠点を補うために、現代では疑問視する説が多いものの、信長は三段撃ちの戦法を編み出したと言われています。また、鉄砲集団のプロともいえる雑賀衆や根来衆は、火薬と弾を先に包んでおく早合(はやごう)という道具を開発し、火縄銃の連射性を高めたのです。

