朝ドラ『風、薫る』ナース6の旅立ち!実在モデルたちの卒業後、大山捨松ら支援者の史実を一挙紹介:3ページ目
それぞれの看護学生たちが進んだ道
卒業生たちと『蛍の光』を英語で歌いお別れしたバーンズ先生。
やはり、「蛍の光」は日本語の堅苦しい歌詞より、「昔ながらの親友を思い、過ぎた日々を懐かしみ、次の再会を願う」そんなスコットランド民謡の『オールド・ラング・サイン』のほうが、この卒業の場面にはぴったりですね。
ドラマでは、日本橋の呉服屋の四女・柳田しのぶ(木越明)は、結婚して家庭を持ち、自分の家族や身近な人たちが病に倒れたときに学んだ「看護」を生かしたいと看護婦にはならない道を進みます。
泉喜代(菊池 亜希子)はキリスト教を厚く信仰していた人。仕事として看護をするのがどうしても割り切れないと、伝道の道へ進み、その活動の中で「看護」を活かしたいと決心をしました。
残ったのは四人。
▪️玉田多江(生田絵梨花)の実在のモデルは桜川里いといわれています。父親は水戸藩の高名な儒者で、築地女学校(のちの青山学院女子短期大学)の講師でした。
里いは桜井看護婦養成所を卒業後、帝都医科大附属病院の内科に勤務。その後、聖慈医院、赤坂病院とキリスト教精神に基づく病院を歴任します。
そして、ハワイに渡航し医師の夫と結婚、里いは日本人病院で看護婦長を務め、夫と死別後は派出看護婦として働きました。
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▪️工藤トメ(原嶋凛)の実在のモデルは広瀬うめといわれています。
岡山県の士族の娘として生まれ、両親に反対されるも家出同然に上京後、桜井看護婦養成所に入学しました。
明治29年(1896)明治三陸地震の際は、救援に駆けつけ、その際に孤児となった乳児を女学校の寄宿舎に連れて帰り養子に出しています。
その後、結婚して渡米、日本人家庭の出産を助けたり、夫の作った学校で日本の歴史や国語を教えるなど大活躍をしました。そのドラマティックな人生は、梅を主人公にしたミュージカルも作られているほどです。
(女学院公式HP「特設サイト〜大関ちかのあゆみをたどって」より)
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一ノ瀬りん(見上愛)こと大関和は卒業後、トレインドナースとして帝都医科大附属病院の外科看病婦取締に、大家直美(上坂樹里)こと鈴木雅は内科看病婦取締になります。
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ドラマでは、大家直美がバーンズ先生に「私は不器用なので、外科は向いていない。ほかの科のほうが患者さんのためになる」と言ってるシーンがありましたね。




