【豊臣兄弟!】織田を裏切った代償は大きすぎた… 別所長治(下川恭平)を待っていた惨劇、壮絶な最期:3ページ目
秀吉のせい?なぜ長治は叛旗を翻したのか
これまでずっと従順だった長治でしたが、なぜいきなり態度を変えてしまったのでしょうか。
謀叛の理由には諸説あり、そのいくつかを紹介します。
- 足利義昭(尾上右近)や毛利輝元から調略を受けていた?
- 他の播磨国衆から誘いを受けていた?
- 毛利派であった叔父の賀相から勧められた?
- 東播磨の支城を破却させられたことを恨んでいた?
- 名門のプライドが、秀吉の下風に立つことを許さなかった?
- 秀吉の横暴な態度に尊厳を傷つけられた?
これらの理由は単独ではなく、それぞれが絡み合っていたり、日ごろからの蟠りや鬱屈があったりしたのでしょう。
最後に挙げた秀吉の横暴な態度とは、天正5年(1577年)12月に秀吉が長治の従妹(別所重棟女)を小寺官兵衛孝高(倉悠貴)の息子・松寿丸(後の黒田長政)へ嫁入りさせようと計画したことです。
これは別所一門を羽柴家臣である小寺一門と同格、つまり秀吉の家臣として扱う行為にほかなりません。
別所家はあくまで織田家に臣従したのであって、織田家臣として同格にあたる秀吉に仕えた覚えはないのです。
信長の威光を嵩に着て傲慢な振る舞いに及ぶ秀吉に長治が激怒したのは無理もないことでしょう。
現代人の感覚では「そんな一時の感情やプライドで謀叛など起こして、滅ぼされては元も子もない」と思うかもしれません。しかし彼らにとっては名誉こそ命よりも大切なもので、それを踏みにじられれば、最早生き延びることすらままならないのです。
総合すると「これまで積もり積もった欝憤が、秀吉の横暴な態度が引き金となって謀叛という結果につながった」と考えられるでしょう。
終わりに
今回は播磨の戦国大名・別所長治がたどった生涯と、謀叛を起こした動機について紹介してきました。
果たして大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、若き長治の葛藤と決断がどのように描かれるのでしょうか。下川恭平の好演に注目が集まります。
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※参考文献:
- 天野忠幸『シリーズ【実像に迫る】010荒木村重』戎光祥出版、2017年5月
- 橘川真一『別所一族の興亡 「播州太平記」と三木合戦』神戸新聞総合出版センター、2004年12月
- 日本史史料研究会編『信長研究の最前線 ここまでわかった「革新者」の実像』朝日文庫、2020年10月
- 渡邊大門 編『信長軍の合戦史 1560–1582』吉川弘文館、2016年6月




