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武将・雑賀孫市(鈴木重朝)の愛刀「八丁念仏団子刺し」その名に隠された恐ろしすぎる斬撃伝説とは

武将・雑賀孫市(鈴木重朝)の愛刀「八丁念仏団子刺し」その名に隠された恐ろしすぎる斬撃伝説とは:3ページ目

関東大震災で焼け刃に

その後、八丁念仏団子刺しは鈴木家に代々受け継がれていきます。

しかし明治時代に入り、鈴木家が困窮すると、主君であった水戸徳川家に買い上げてもらいました。

大正10年(1921年)になると水戸徳川家も困窮したのか、秘蔵の名刀たちを放出しますが、八丁念仏団子刺しは手放さなかったようです。

それほどの名刀でしたが、大正12年(1923年)の関東大震災で水戸徳川家も罹災し、八丁念仏団子刺しは焼け刃(刀身が焼けてダメになること)となってしまいました。

ただし紛失は免れたため、水戸徳川家にて保管され続けます。焼けたとは言え、旧臣の忠義に報いるためでしょうか。

終わりに

今回は、名刀「八丁念仏団子刺し」について紹介してきました。真偽のほどはともかく、よほどの業物だったのでしょうね。また重朝の腕前も凄まじいものです。

それにしても「刀を手に入れたから、とりあえず人でも斬ってみよう」と思う感覚に、戦国乱世の気風が感じられます。

現代は徳川ミュージアム(茨城県水戸市)に保存されているので、機会があればぜひ一度は拝みたいものですね。

※参考文献:

  • 鈴木眞哉『紀州雑賀衆 鈴木一族』新人物往来社、1984年7月
  • 刀剣春秋編集部『日本刀を嗜む』ナツメ社、2016年3月
  • 福永酔剣『皇室・将軍家・大名家刀剣目録』雄山閣出版、2020年11月
 

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