【豊臣兄弟!】次回「風雲!竹田城」を予習。小一郎(仲野太賀)が総大将デビューで覚醒?激闘の顛末を紹介:3ページ目
『武功夜話』による竹田城攻めは?
昭和期に「発見」され、戦国時代のイメージ形成に大きな影響を与えた『武功夜話』では、この竹田城攻めについてより詳しく記述されています。
……太田垣土佐守高所に城を築き立ち向かい候。御大将羽柴小一郎殿人馬の息を休めず逃集の一揆輩悉く切り崩し追い打ち在々に火を放ち竹田の城に寄せ懸かり候ところ、高山険阻に拠り岩石を投げ落とし手向かい候。寄せ手の面々物とも為さず山谷を打越え諸手より鉄砲三百挺筒先を相揃え打ち入り候えば、遂に叶わず降参、城を相渡し退き候なり……
※『武功夜話』より。
【意訳】太田垣輝延(土佐守)の守る竹田城に、小一郎は(岩洲城攻略から)休む間もなく攻めかかった。小一郎は敵を斬り崩してあちこちに火を放ち、竹田城に接近すると、敵は上から岩石を投げ落として抵抗する。それでも小一郎らは怯むことなく攻め続け、別働隊が三百挺もの鉄砲であちこちから撃ち込んだ。それで城兵はたまらず、竹田城を棄てて逃げ出したのである。
とのことですが、そもそも『武功夜話』は史料としての信憑性が疑わしく、後世の創作とみるのが妥当でしょう。
しかし大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、墨俣一夜城など『武功夜話』の逸話も採り入れていることから、こちらも採り入れるかもしれません。
歴史研究家ならともかく、筆者を含む一般の視聴者は「面白ければ大目に見る」のが正しい楽しみ方と言えるでしょう。そこで今回はこちらも紹介したのでした。
終わりに
その後、竹田城が再び毛利氏に奪われることはなく、小一郎はしばらく竹田城の守備を任されます。
肩書きこそ城代(あくまで城主の代理)ですが、実質的には小一郎が竹田城の主として、政治と軍事の采配を揮(ふる)いました。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第21回放送「風雲!竹田城」では、小一郎の将器が試されることでしょう。
兄とともに立身出世を遂げる小一郎の活躍と成長が楽しみですね!
※関連記事:
『豊臣兄弟!』なんと勝率9割超!豊臣秀長(小一郎)“負けない弟”の証明となる“全戦歴”完全版
【豊臣兄弟!】松永久秀の最期に残された“平蜘蛛”の謎…本物と偽物をめぐる第20回を考察
『豊臣兄弟!』松永久秀は本当に爆死した?大和にこだわった本当の理由など…史実から第20回放送を考察
※参考文献:
- 平井聖ら『日本城郭大系 第12巻 大阪・兵庫 』 新人物往来社、1981年3月
- 戦国合戦史研究会『戦国合戦大辞典 第六巻 京都・兵庫・岡山』 新人物往来社、1989年2月




