【豊臣兄弟!】小一郎が断ち切った“憎しみの連鎖”…我が子を取り戻した慶と夫婦の絆を深めた第19回を考察:4ページ目
憎しみの連鎖に終止符を打ったMVPは絹
今回長年の憎しみの連鎖に終止符を打ったのは、小一郎の誠実でまっすぐな言葉による交渉術もですが、やはりMVPはなんといっても母の絹。
慶の覚悟、与一郎の思いをぶつけられ、部屋に飾った亡き息子の甲冑にすがり謝る頼昌を見て、「違った生き方をしてきたことの幕引き」を決めたのでしょう。
息子の甲冑を愛おしそうに泣きながら眺めた直後、ドンガラガラガッシャ〜ンとばかりに床に思い切り打ち倒して「これは、頼広などではありませぬ!」と夫を叱咤。
「わたくしたちの頼広は、いつももっと優しく、笑っておりました」
「そうよね、おちか」
偶像崇拝のように甲冑に縋り付き、孫に織田家への憎しみを植え続ける夫は間違っていること、そして苦しんでいることを、誰よりも分かっていたのでしょう。
古今東西、母が愛しい息子の姿を思い浮かべるとき、その姿は「戦場で敵を殺しまくる兵士」ではなく笑っていた姿が思い浮かぶはずです。
今まで「前夫」としか情報がなかったのに、ここにきて名前を持ちその人柄が浮かび上がり実態を伴ってきたのが切ないですね。
武士の誇りなどより「母として子を思う」気持ちを率直に表現した絹。彼女の度肝を抜くような行動で、夫の呪縛も解けました。
与一郎の優しさこそ亡くなった息子そのもの
「お前はどうしたい」と聞かれた与一郎は、「母上と暮らしたい!」とストレートに答えず、「おじいに教えてもらった弓でうまい柿の実をいっぱい採りたい。母上におじいやおばあにも食べさせたい」と答えるのがあまりにも思いやりに満ちていました。
祖父母へ感謝の意を込めつつも、誰も傷つけないように言葉を選び「母と共に暮らしたい」と伝えた与一郎。
「的を織田だと思って狙え」と憎しみを植え付けようとするも期待に応えない孫を叱ってばかりの祖父でしたが、ようやく「自分の息子もこんなふうに優しい子だった」ということを思い出したのだと思います。
最後は小一郎に与一郎を託し、頭を下げました。(斬り付けて負傷させ罵倒していた慶には、最後まで頭を下げて謝罪しませんでしたね。)
5ページ目 共に乱世を生きるバディとして絆が深まる小一郎と慶

