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朝ドラ【風、薫る】日本髪はなぜダメだった?“女子断髪禁止令”の時代にバーンズ先生が教えた看護の基本

朝ドラ【風、薫る】日本髪はなぜダメだった?“女子断髪禁止令”の時代にバーンズ先生が教えた看護の基本:2ページ目

油で固めた日本髪は月に1度しか洗えず不衛生

看護婦は、感染を防ぐためにも「自分自身の衛生」に気を配る必要がありました。現代と違い、明治初期、多くの女性は日本髪を髪結職人に結ってもらい、洗髪は月に1回ほどでした。

そして、髷には固定用ビン付け油、艶を出す椿油、匂いを付ける香油などを塗っていました。そのため埃やゴミが付着しやすく、汗や皮脂で地肌も汚れやすいものでした。

江戸時代の美容指南書『都風俗化粧伝』には

「夏の日は汗と油の腐りたるにて、はなはだあしき臭いすれば、嗜みて、ことにたびたび洗い、悪しき臭いを去るべきことなり

とあります。決して清潔とはいえないですね。

そして、「ふのり(海藻)」と「うどん粉」を熱湯に溶かして髪にすりつけ揉んでからすすぎ、最後に水で洗う洗髪方法が書いてあるそう。半日がかりの大仕事のうえドライヤーもないので、洗髪後は自然乾燥。晴れた日を選んで洗髪していたそうです。

不衛生だけではなく時間も手間もかかり過ぎる日本髪は、ナイチンゲールが提唱する「衛生」とは程遠いもの。バーンズ先生の「日本髪の廃止」命令は、合理的で理にかなっていたのでした。

ナンセンスな明治時代の『女子断髪禁止令』とは

明治4年(1871)9月23日に『散髪脱刀令』が公布されました。

「髷は結わず散髪していい、士族でも帯刀しなくてもよい」という令で、身分ごとに決められていた髪型や服装のルールに従わなくていいことになったのです。さらに、明治6年(1873)に明治天皇が散髪したことが影響したのか、庶民の間にも断髪は一気に広まりました。

それに影響されて、女性も重い日本髪をやめて髪の毛を切る人が増えたそう。日本髪よりも、軽くてお手入れの楽な断髪は解放感があるので、真似したくなる気持ちはよく分かります。

ところが世間は女性の断髪に猛反対。平安時代から続いた「長い黒髪=美しい」「長い髪は女性らしさの象徴」という価値観はまだ浸透していたようで、新しい時代の始まりとは言っても髪型を変える女性に違和感を覚える人は多かったそうです。

本来は、女性がどんな髪型にしようと個人の自由で「余計なお世話」。

『伝統的な価値観』を捨て、女性が自分の意思で新しい流行を取り入れること」に対して、面白くないという気持ちや、自由に羽ばたく女性たちに対する拒否感や抵抗感からかも……。

「女に学問はいらない」「女は職業を持って社会にでるな」という考え方の人たちには、古風な日本髪をやめ髪を切りサラサラと風になびかせ軽快に街を闊歩する女性は気に入らなかったのかもしれません。

そんな断髪女性が増えていくことに危機感を抱き、東京府は明治5年(1871)4月5日『女子断髪禁止令』(東京府達32号)を発令しました。

現代の軽犯罪法に似た取締法規で、見つかると罰金か警察署に勾留されるという非常に理不尽なもの。文明開花とは口先ばかりのナンセンスな法令でした。

3ページ目 『女子断髪禁止令』に反発し「婦人束髪会」が発足

 

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