『豊臣兄弟!』人質は万丸だけではなかった…光秀・お市・義景まで縛った第16話の残酷な構図を考察:2ページ目
無辜の民を我が身のために「人質」とする朝倉義景
浅井の家臣・宮部継潤(ドンペイ)曰く「戦さにも出ず一乗谷でふんぞり返っているばかり(で、好かない)」な朝倉義景。
延暦寺に逃げ込んできた民たちを「せめて女子供だけでも逃すわけにはいきませぬか」という浅井長政に、「いや、このままでいい。織田もむやみに手を出せまい」と言う義景。
「あの者たちを『盾』にするおつもりか」と長政に思わず返されていました。
無辜の民を我が身のために『人質』とする義景。相変わらず超絶卑怯な小者に描かれています。
「人聞きの悪いことをもうされるな」と長政を諭す、延暦寺の天台座主・覚恕(黒田大輔)が座っている御簾の向こうには、複数の遊び女のような姿が。
なかなかの生臭坊主ですね。(「信長め。ふふ、成り上がり者が」と笑いながら呟く覚恕が実に不気味。さすが怪優の名高い役者さんです)
実子を「人質に差し出せ」といわれ差し出す母はいない
そして、予想通り、前回の「幼い万丸と遊ぶ微笑ましい場面」の伏線が現実に。
お市を織田側に戻そうと悩む小一郎に、姉・とも(宮澤エマ)が「お市様が織田に戻るということはお子と別れるということでしょう。無理よ。男にはわからんかもしれんけど。」と言った言葉がその通り現実になってしまいました。
調略を持ちかけた宮部継潤に、「藤吉郎の子を『人質』に」が条件だといわれた豊臣兄弟ですが、二人とも子供がいないため、ともの長男・万丸に白羽の矢が立てられたのでした。
「戦のため、子を差し出せ」と言われても、実の母親が「はい、わかりました」とあっさり即答するわけもありません。「人質ではない養子じゃ」と言葉をすり替えてもそれは欺瞞。「いざというときはその子を犠牲にする」ことには変わりないでしょう。
説得する夫・弥助(上川周作)にカマを振りかぶり「万丸を捨てるくらいならあんたを捨てる!」と、とも。
「万丸を人質にすれば、浅井との戦いが終わるかも。多くの者が助かるかも」という小一郎に、「それがなんじゃ!!万丸に辛い思いをさせてまで多くの者のことなど考えられん!」と言います。
ほんと、同感。
「宮部殿は立派なお方、万丸も大事にしてくれるはずじゃ」と小一郎は重ねますが、「かもしれん」「かもしれん」「○○はずじゃ」と、根拠のない言葉でだけで「我が子を人質に出すわけなかろうが」と思いました。
「わしらはもう百姓ではない。侍なんじゃ。」「一人でも多くの者が助かる道を選ばねば、なりませぬ。人質などいなくても、皆が笑って生きられる世の中を、いつか作ってみまする。わしらはそういう侍にならねばなりませぬ!」と、語る小一郎。
直(白石聖)が見たがっていた「戦いのない世界」は、小一郎の中に息づいていました。けれど、小一郎のその理想論は、「(その世界を作るために犠牲になるのが)なぜ、私の万丸なんだ!」という、ともの問いの答えにはなっていません。
小一郎と夫の説得に絶対に頷かないとも。ずっと無言で涙を流しながら首を横に振り続け、ただの一度も、首を縦に振ることはありませんでした。
「小一郎兄さんは間違っとる。藤吉郎兄様は、ずっと家にいなかったじゃないの」という、あさひ(倉沢杏菜)。
「貧しくとも笑って過ごした家族の輪の中に藤吉郎はいなかった。そんな兄の手柄のために、姉の子を人質に差し出せっていうのか」という気持ちだったのでしょうか。
それにしても……「わしらは侍なんじゃ!守る側になった。」とキリッとした顔で「侍の覚悟」を迫る小一郎の場面に続き、その「侍」が守るべき無辜の民を虐殺する場面に切り替ったのは、なんとも痛烈な皮肉です。
これから、万丸どころか、あさひも母・なか(坂井真紀)も秀吉のため『人質』にされる、そんな未来が待っています。
3ページ目 人質になっても「母との約束を守らねば」と耐える万丸

